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ことばの樹

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文芸作品と金城学院大学のことが大好きな教職員が結成した文芸俱楽部「ことばの樹」。四季折々で表情を変える美しいキャンパスやいきいきとした学生達の雰囲気などを掌編小説で紹介します。
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ことばの樹

文芸作品と金城学院大学のことが大好きな金城学院大学教職員が集まり、クラブを結成しました。 文芸倶楽部 「ことばの樹」 部員達がオリジナリティ溢れる感性で掌編小説を執筆します。 四季折々で表情を変える美しいキャンパスやいきいきとした学生達の雰囲気など、さまざまな情景が思い浮かぶ作品を紹介します。 部員紹介 加藤 大樹 金城学院大学人間科学部多元心理学科教授。 文芸倶楽部ことばの樹の部長。 アートセラピーや対人関係の研究に取り組んでいる。 学生時代から小説の執筆も続け,

アルバム

※連載小説「リリィ」は、金城学院大学を舞台にした物語です。  この物語はフィクションであり、実在の人物とは関連がありません。 「ただいまー」 アパートの扉の鍵を開けて、暗い玄関の灯りをつける。靴箱の上に置いてある小さな鉢植えのサボテンに、あらためて「ただいま」と声をかける。一人暮らしを始めてから数ヶ月。誰もいない部屋に帰ってきても、学生のころまでの習慣で必ず挨拶をしてしまう。大きな鞄と一緒に、一階の郵便受けに届いていた大きな包みをテーブルの上に置く。 「笹川ユリ様」 見慣れ

てぶくろ

まだ薄暗い早朝、郵便受けに新聞を取りに行く。吐く息が真っ白で、プランターの植物も白い霜に覆われている。新聞を小脇に抱えて両手を擦って温めながら、急いで部屋の中に戻った。 妻と一緒に手分けして、子どもたちに暖かい上着やニット帽を着せていく。手袋も忘れずに小さな手にはめる。 慌ただしく子どもたちを送り出した後、自分が仕事に出かける準備を始める。今日は駅までの道も寒さが厳しそうなので、子どもたちのように手袋をはめていこうと思う。 「あれ、手袋ってどこにしまったっけ」 そういえば今

おいのり

元旦の朝。 いつもよりも少し早起きをして、家の前の坂道を下っていく。 三歳の息子は、私と夫の間で、両方の手をそれぞれつないでブランコみたいに揺られてごきげんだ。 吐く息は、わたがしのように真っ白だが、オレンジ色の大きな初日の出は暖かな光を届けてくれる。 息子のダウンジャケットのポケットには、一枚の年賀状が大切に収まっている。何度も消しゴムで消しながら、大晦日に大好きなじいじとばあばのために書いたものだ。 色鉛筆でカラフルに書かれた祖父母の似顔絵に、「ことしもいっぱいあそぼう

トロピカルジュース

「トロピカルジュースいかがですかー?」 「フルーツたっぷりで甘くておいしいですよ!」 久しぶりの大学のキャンパスは、学園祭の活気に満ちている。 「ねえ、トロピカルジュースだって。おいしそうじゃん。行ってみようよ」 友人にそう誘われ、元気な声のする白いテントに向かって一緒に歩いていく。 「ありがとうございましたー!」 後輩たちに手渡された透明なプラスチックのカップから、甘い香りがふわっと届く。私のカップにはオレンジ色のマンゴージュース、友人の手元には黄色いパイナップルジュース

チョコレート

改札を出ると、ひんやりとした秋の空気に包まれる。ついこの前までは半袖でも暑いくらいだったのに、急に季節がひとつスキップしてしまったようで、私の体も木々の葉っぱもまだ秋の訪れについていくことができないでいる。それでも、私は一年の中でこの季節が好きだ。澄んだ空気を吸い込んで、家路を歩いていく。 まぶしいほどのコンビニの灯りの前を通りすぎる時に、幼い頃の情景を思い出す。この場所には、昔は小さな駄菓子屋さんがあった。子どもの頃には、お小遣いの小銭を握りしめて友達と一緒によく買い物に

恋文

今日は久しぶりに地元の友人と駅前のカフェで待ち合わせて、甘いケーキとコーヒーで心と体に栄養補給をする。実習もあと少し。後半戦をがんばるために、今日は自分を甘やかしてクリームがたっぷりのケーキを頬張る。 「あんた、さっきからずーっとニヤニヤしてるけど、何かいいことあった?」 私に負けず劣らずのボリュームのチョコレートケーキを食べる友人に指摘されて、自分の顔がにやけていることに気づく。 「え、わかっちゃった?」 「そりゃ、それだけわかりやすく嬉しそうにしてたら誰でもわかるよ。そ

相棒

通学路の途中、玄関先のプランターに季節の花をきれいに咲かせた家がある。 豪華な邸宅というわけではないけれど、いつも丁寧に掃除や手入れがされていて、おしゃれな雰囲気が私は好きだ。 一時間目の授業がある時に家の前を通ると、だいたいいつも、この家に住むおばあさんが、花たちのためにじょうろで水を注いでいる。 朝はいつも気持ちが焦っていて、足早に歩いている私に、おばあさんは、 「おはよう」 と優しく挨拶をしてくれる。 私も歩調を緩めて、 「おはようございます」 と返す。気ぜわしい朝に

青い海

あと少しで待ちに待った夏休み。 でも、その前に前期の授業の試験を乗り切らないといけない。 昼休みのラウンジ。 同じ学科の友人と、サンドイッチを片手に、授業の内容がびっしりと書かれたノートを広げる。 単語や用語を覚えるのは高校時代から得意ではなかったけれど、こうして同じ目標に向かってがんばる仲間の存在は私の励みになる。 二人で問題を出し合いながら、知識を一つずつ増やしていく。 近くに気配を感じて、顔を上げる。そこには、ちょうど今私たちがテスト勉強をしていた科目を担当する先生が

星に願いを

梅雨明けまでまだもう少しかかりそうだが、今日は久しぶりに気持ちのいい天気だった。大学からの帰路、夕暮れの空を見上げながら、自宅への最寄り駅で電車を降りる。そのまま、駅から直結のショッピングモールに入る。 エントランスの大きな笹には、訪れた人が思い思いに願い事を書いて飾れるようになっている。 色とりどりの短冊を何気なく見ていると、 「第一志望の大学に合格できますように」 と控えめな文字で書かれた短冊が目に入った。 数年前の今ごろ、私も高校の帰りに制服姿でこの場所を訪れ、短

ただいま

午後の授業も終わり、少しホッと一息つける時間帯。 研究室の窓を開けると、清々しい空気が部屋の中に流れてくる。 学生たちと一緒にゼミをするための机の上には、学術雑誌やレジュメが雑多に積み上がっている。 私は、「よし」と腕まくりをすると、その山を一つずつ整理して書棚に片づけていく。 時計を見ると、約束の時間までにまだ少し時間がある。 掃除機くらいはかけられそうだ。 掃除を終えてハンディタイプの掃除機を壁に立てかけると、コツコツと扉をノックする音が聞こえる。 私は、 「どうぞ」

チャーム

夕方の混み合った時間帯、栄町の駅で地下鉄の黄色い電車に乗り込む。 疲れた体で何とか席に座ると、自然にふうっとため息が漏れる。 膝の上にバッグを置いて、教科書を取り出す。今日の四時間目の製図の授業のものだ。課題の期限まであと一週間。なかなかアイデアがまとまらず、課題は思うように進んでいない。私は、眉間に皺を寄せて車内で教科書とにらめっこをする。 途中の駅で、何人かの人が降りると、春色のスプリングコートが似合う女性がするりと乗車してきた。大きめのレザーのバッグを肩からかけて、反

バトン

やりたいことは何? なりたいものは何? そう尋ねられるたび、いつも答えに困る。 先生に勧められてやってきたオープンキャンパス。 駅からの坂道を一人登っていくと、緑の木々の中に煉瓦造りの講堂が見えてくる。 青空に映える緑色の屋根の先端から、美しい鐘の音が心地よく耳に届く。 キャンパスのゲートをくぐる時には、モヤモヤした気分は今日の青空のようにすっかり晴れやかになっていた。 ピンク色のポロシャツを着た先輩が優しい笑顔で迎えてくれる。 ドラマで見たような広い教室。 ステンドグラ