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ことばの樹

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文芸作品と金城学院大学のことが大好きな教職員が結成した文芸俱楽部「ことばの樹」。四季折々で表情を変える美しいキャンパスやいきいきとした学生達の雰囲気などを掌編小説で紹介します。
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ことばの樹

文芸作品と金城学院大学のことが大好きな金城学院大学教職員が集まり、クラブを結成しました。 文芸倶楽部 「ことばの樹」 部員達がオリジナリティ溢れる感性で掌編小説を執筆します。 四季折々で表情を変える美しいキャンパスやいきいきとした学生達の雰囲気など、さまざまな情景が思い浮かぶ作品を紹介します。 部員紹介 加藤 大樹 金城学院大学人間科学部多元心理学科教授。 文芸倶楽部ことばの樹の部長。 アートセラピーや対人関係の研究に取り組んでいる。 学生時代から小説の執筆も続け,

しおり(後編)

※連載小説「リリィ」は、金城学院大学を舞台にした物語です。 この物語はフィクションであり、実在の人物とは関連がありません。 登場人物 笹川ユリ:この物語の主人公。金城学院大学1年生。 司書さん:ユリが通う大学図書館の職員。 ------------------------------------------------------------------------------------ 窓から夕日が差し込み、眼下のキャンパスもきれいな夕焼け色に染まっている。集中して

しおり(前編)

※連載小説「リリィ」は、金城学院大学を舞台にした物語です。 この物語はフィクションであり、実在の人物とは関連がありません。 登場人物 笹川ユリ:この物語の主人公。金城学院大学1年生。 カワセミ先生:ユリのアドバイザー教員。 司書さん:ユリが通う大学図書館の職員。 ------------------------------------------------------------------------------------ 周りの空間のすべての音が、圧倒的な量の本た

カワセミ先生(後編)

※連載小説「リリィ」は、金城学院大学を舞台にした物語です。 この物語はフィクションであり、実在の人物とは関連がありません。 史料館のすぐ隣のE1棟を五階まで登っていく。エレベーターホールのところでフロアマップを確認する。川澄研究室は、廊下を進んだいちばん奥だ。このフロアに来るのは初めてで何だか少し緊張する。一階と二階には教室があるので,いつも来ているが、三階より上は事務室や研究室があるので、これまで訪れる用事がなかった。目的の部屋の前に立ち、プレートを確認する。部屋番号の隣

カワセミ先生(前編)

※連載小説「リリィ」は、金城学院大学を舞台にした物語です。 この物語はフィクションであり、実在の人物とは関連がありません。 キャンパスの桜の木もすっかり緑の葉っぱに覆われて、すぐに緑がきれいな季節になった。今年の春は肌寒い日も多かったけれど、五月に入ったら上着を着ていると汗ばむ日もあるほどだった。私は、着替えのTシャツとジャージが入ったトートバッグを抱えて、体育館への道を足早に歩いていく。白色がまぶしいE1棟の建物を通り過ぎて、角を右手に曲がる。その先には大学の史料館に続く

せっちゃん(後編)

※連載小説「リリィ」は、金城学院大学を舞台にした物語です。 この物語はフィクションであり、実在の人物とは関連がありません。 大学の事務室を通じて、学生証は無事にハルコのもとに帰った。しばらくして、何かお礼がしたいという連絡が彼女から届いた。学食でナンカレーセットをごちそうになって以来、ハルコと私はたびたびランチを一緒に食べたり、おしゃべりをしたりするようになった。この春、進学とともに名古屋で一人暮らしをはじめたという彼女は、一見、古風でおとなしそうな印象であるが、意外と馬が

せっちゃん(前編)

※連載小説「リリィ」は、金城学院大学を舞台にした物語です。 この物語はフィクションであり、実在の人物とは関連がありません。 大学から駅までの下り坂を足早に降りていく。この春新しく買ったばかりのショルダーバックに、何枚か桜の花びらがついているのに気づいた。今年は開花が遅かった桜の花も、一年に一度のお披露目の時期を終えて、はらはらと宙を舞っている。腕時計に目をやると、五時少し前。 「急がないと間に合わないかな」 4限の授業の後、聞き逃した箇所のノートを友人に見せてもらっていたら

アルバム

※連載小説「リリィ」は、金城学院大学を舞台にした物語です。  この物語はフィクションであり、実在の人物とは関連がありません。 「ただいまー」 アパートの扉の鍵を開けて、暗い玄関の灯りをつける。靴箱の上に置いてある小さな鉢植えのサボテンに、あらためて「ただいま」と声をかける。一人暮らしを始めてから数ヶ月。誰もいない部屋に帰ってきても、学生のころまでの習慣で必ず挨拶をしてしまう。大きな鞄と一緒に、一階の郵便受けに届いていた大きな包みをテーブルの上に置く。 「笹川ユリ様」 見慣れ

てぶくろ

まだ薄暗い早朝、郵便受けに新聞を取りに行く。吐く息が真っ白で、プランターの植物も白い霜に覆われている。新聞を小脇に抱えて両手を擦って温めながら、急いで部屋の中に戻った。 妻と一緒に手分けして、子どもたちに暖かい上着やニット帽を着せていく。手袋も忘れずに小さな手にはめる。 慌ただしく子どもたちを送り出した後、自分が仕事に出かける準備を始める。今日は駅までの道も寒さが厳しそうなので、子どもたちのように手袋をはめていこうと思う。 「あれ、手袋ってどこにしまったっけ」 そういえば今

おいのり

元旦の朝。 いつもよりも少し早起きをして、家の前の坂道を下っていく。 三歳の息子は、私と夫の間で、両方の手をそれぞれつないでブランコみたいに揺られてごきげんだ。 吐く息は、わたがしのように真っ白だが、オレンジ色の大きな初日の出は暖かな光を届けてくれる。 息子のダウンジャケットのポケットには、一枚の年賀状が大切に収まっている。何度も消しゴムで消しながら、大晦日に大好きなじいじとばあばのために書いたものだ。 色鉛筆でカラフルに書かれた祖父母の似顔絵に、「ことしもいっぱいあそぼう

トロピカルジュース

「トロピカルジュースいかがですかー?」 「フルーツたっぷりで甘くておいしいですよ!」 久しぶりの大学のキャンパスは、学園祭の活気に満ちている。 「ねえ、トロピカルジュースだって。おいしそうじゃん。行ってみようよ」 友人にそう誘われ、元気な声のする白いテントに向かって一緒に歩いていく。 「ありがとうございましたー!」 後輩たちに手渡された透明なプラスチックのカップから、甘い香りがふわっと届く。私のカップにはオレンジ色のマンゴージュース、友人の手元には黄色いパイナップルジュース

チョコレート

改札を出ると、ひんやりとした秋の空気に包まれる。ついこの前までは半袖でも暑いくらいだったのに、急に季節がひとつスキップしてしまったようで、私の体も木々の葉っぱもまだ秋の訪れについていくことができないでいる。それでも、私は一年の中でこの季節が好きだ。澄んだ空気を吸い込んで、家路を歩いていく。 まぶしいほどのコンビニの灯りの前を通りすぎる時に、幼い頃の情景を思い出す。この場所には、昔は小さな駄菓子屋さんがあった。子どもの頃には、お小遣いの小銭を握りしめて友達と一緒によく買い物に

恋文

今日は久しぶりに地元の友人と駅前のカフェで待ち合わせて、甘いケーキとコーヒーで心と体に栄養補給をする。実習もあと少し。後半戦をがんばるために、今日は自分を甘やかしてクリームがたっぷりのケーキを頬張る。 「あんた、さっきからずーっとニヤニヤしてるけど、何かいいことあった?」 私に負けず劣らずのボリュームのチョコレートケーキを食べる友人に指摘されて、自分の顔がにやけていることに気づく。 「え、わかっちゃった?」 「そりゃ、それだけわかりやすく嬉しそうにしてたら誰でもわかるよ。そ

相棒

通学路の途中、玄関先のプランターに季節の花をきれいに咲かせた家がある。 豪華な邸宅というわけではないけれど、いつも丁寧に掃除や手入れがされていて、おしゃれな雰囲気が私は好きだ。 一時間目の授業がある時に家の前を通ると、だいたいいつも、この家に住むおばあさんが、花たちのためにじょうろで水を注いでいる。 朝はいつも気持ちが焦っていて、足早に歩いている私に、おばあさんは、 「おはよう」 と優しく挨拶をしてくれる。 私も歩調を緩めて、 「おはようございます」 と返す。気ぜわしい朝に