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カワセミ先生(前編)

※連載小説「リリィ」は、金城学院大学を舞台にした物語です。
この物語はフィクションであり、実在の人物とは関連がありません。

キャンパスの桜の木もすっかり緑の葉っぱに覆われて、すぐに緑がきれいな季節になった。今年の春は肌寒い日も多かったけれど、五月に入ったら上着を着ていると汗ばむ日もあるほどだった。私は、着替えのTシャツとジャージが入ったトートバッグを抱えて、体育館への道を足早に歩いていく。白色がまぶしいE1棟の建物を通り過ぎて、角を右手に曲がる。その先には大学の史料館に続く道があって、体育館への近道なのだ。気にはなりつつも、教室への移動の途中でその前を通り過ぎるばかりで、史料館の中に入ったことはまだない。またいつか時間のある時にゆっくり立ち寄ってみようと思う。その時には、ハルコも誘ってみよう。もしかしたら、私の祖母やハルコのおばあちゃんの思い出も何か見つかるかもしれない。

自動販売機の手前の軒下で、ふと何かの気配を感じて私は立ち止まる。何だろう?周りを見渡しても誰もいない。すると、頭上からかさかさと小さな音が聞こえてくる。見上げてみると、見覚えのあるかわいらしい小さなかたまりが、建物の軒下にこぢんまりと収まっていた。小学生のころ、学校の玄関のところにも、雨風を避けるようにひっそりとこれと同じような小鳥の巣が毎年作られていた。私は、そこにやって来る小さな住人たちが大好きで、たまに姿を現す雛鳥をそっと見守るのが楽しみだった。

「ピィ」
草笛の音のような、聞こえるか聞こえないかという程度の、か細い鳴き声が巣の中から聞こえる。私は背伸びをして巣の様子を覗き込む。小さなツバメの雛鳥が、一生懸命くちばしを広げている姿が、巣の端に見え隠れしていた。小さな命に心がきゅっとなる。偶然出会った小さな友達に見惚れていると、後ろから誰かに肩を叩かれる。私はびっくりして振り返る。
「ユリ、こんなところでどうしたの?」
見慣れた友人の顔がすぐ近くにあった。
「あ、ハルコ、おはよう」
「おはよう。一人でじっと立ち止まって何してたの?」
私は、ハルコの肩を引き寄せて、軒下をそっと指差す。
「あ!」
小さな声でハルコは驚きを表した。
「こんなところでがんばって子育てしてるんだね。お母さんが美味しいごはん持って帰ってくるまで、いい子で待ってるんだよ」
そう言ってツバメの巣に手を振るハルコにそっと背中を押されて、私たちは体育館に小走りで向かっていった。

五月の連休明けのある日。四時間目の授業中、私は教室の窓から空を見上げてみた。朝家を出る時はあんなにいい天気だったのに、今は空は重たい雲に覆われている。私は、軒下のツバメの家族のことが急に心配になってきた。授業が終わると、ノートや教科書を急いでバッグに片付けて、教室から足早に出ていった。軒下では、いつもと同じように雛鳥が顔を覗かせていた。親鳥は今日も外出中のようだ。雨が降りそうな日にツバメが低く飛ぶのは、餌になる虫をつかまえやすいからだと以前に祖母が教えてくれたことを思い出す。今日のような天気の日は、親ツバメたちにとっては一生懸命働く時なのかもしれない。今にも雨が降り出しそうで、なんだか風も強くなってきた。巣がある場所は一応小さなコンクリートの屋根が張り出しているので、多少の雨風はしのげるだろう。でも、横風や大雨にあの小さな巣が耐えられるかと思うと、とても不安な気持ちになる。アルバイトの時間もあるので、そろそろ大学を出ないといけない。後ろ髪を引かれつつ、空模様とにらめっこをしながら私は駅へと坂を降っていった。

翌朝、玄関を出ると、眩しい太陽が雲間から顔を出していた。昨日は、私がアルバイトから帰る頃には大雨になっていて、アルバイト先の喫茶店のマスターが傘を貸してくれた。明け方まで雨の音がしていたが、大学に出かける時間には雨もすっかり止んで、鳥たちのさえずりが聞こえてくる。それを聞きながら、大学のツバメの親子のことをまた思い出す。あの小さな巣では、昨日の風雨からツバメの家族を守るには心許ない。私は巣の様子が気がかりで、駅への道を早歩きで進んでいった。

いつもより早足で歩いたため、大学にはずいぶん早く着いた。授業まではまだ時間に余裕がある。私は、史料館へと小走りで急いだ。呼吸を整えながら、軒先を見上げる。昨日まではなかったものが、視界に飛び込んできて、私は目を凝らした。みかん箱の段ボールとガムテープで作られた小さなバリケードが、ツバメの巣を守るように囲んでいる。これなら、巣に雨や風が直接当たるのを防ぐことができる。もし雛が巣から飛び出しても、段ボールの受け皿によって地面に落下してしまうのを防止することもできる。即席のバリケードだが、よく考えられているものだと感心した。私と同じように、この子たちを心配した誰かが、きっと作ってくれたのだろう。見知らぬ恩人の厚意に心の中でお礼を言って、私は軽い足取りで教室へと向かった。

二時間目の授業が終わって手帳を確認すると、お昼休みのところに印がつけてある。今日は何か予定が入っていただろうか?手帳にはマーカーペンで、「アドバイザー面談」と書かれている。そうだ、今日はアドバイザーの川澄先生との面談の約束の日だった。大学に入学してから、高校とのギャップに驚くことも多くあった。その一つが、担任の先生の制度の違いだった。大学には高校までのようなクラスはないと聞いていたので、当然担任の先生もいないと思っていた。しかし、かわりに、私たちの大学には「アドバイザー」という仕組みがあった。これは、入学と同時に、学生一人一人にアドバイザーとよばれる先生がいて、大学生活で困りごとなどがあればサポートしてもらえるというものだ。大学生になればすべて自分の責任でいろいろなことを決めないといけないと思っていたので、アドバイザーの先生の存在はとても心強かった。今日はそのアドバイザーの先生との初めての面談の日だ。

(後編に続く)

作:加藤大樹



前編あとがき

こんにちは。雑用係のキミドリです。
今回のお話の中に登場しましたE1棟と史料館(学院史料館)。本学のキャンパスの中でも印象的な建物だと思います。新しく真っ白なE1棟と趣のある史料館、この好対照の2つの建物の北東側には「聖書の庭」と呼ばれるお庭があります。
春から夏にかけてのこのお庭は、芝生やシロツメクサの緑がまぶしく、見ているだけで本当に癒されます。緑好きの私は、このエリアの教室で授業がある際は、わざわざお庭を横切る道を選んで移動しているほどです。
さて、とある先生から「このお庭のどこかに四つ葉のクローバーが群生している」という情報を得ました…! しかし、場所を知っていると思われる先生にヒントを伺っても『フフフ…』としか返ってこず。。。
というわけで、私も現在、探索中です。皆さんもお庭を横切る際は、ぜひ目を凝らして探してみて下さいね。



ここどこかわかりますか?


芝生がきれいなイーストコート(E5号館跡地)


四つ葉のクローバー捜索中

みんなにも読んでほしいですか?

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