ブルーハワイ(後編)
※連載小説「リリィ」は、金城学院大学を舞台にした物語です。
この物語はフィクションであり、実在の人物とは関連がありません。
登場人物
笹川ユリ:この物語の主人公。金城学院大学1年生。
咲本モモ:ユリのクラスメイト。金城学院大学1年生。
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台風の影響が心配だったが、進路はすっかり逸れてくれて、大学祭の日は気持ちのいい秋晴れの天気になった。予報によると、ずいぶん気温も高くなりそうだ。私たちのトロピカルジュースもきっとみんなに喜んでもらえるだろうと天気に感謝する。
白いテントの下で、完璧に準備を終えた私たちは、初めてのお客さんの到着をドキドキしながら待っている。図書館の前の広場には、少しずつ人が集まってきて活気が出てきた。突然、隣から大きな声がして私は驚いた。
「トロピカルジュース、いかがですかー!」
隣を見ると、エプロン姿のモモが、懸命に声を張っていた。彼女のこんな大きな声を聞いたのは初めてだ。目が合うと、モモは少し恥ずかしそうに笑った。私も負けないように声を上げる。
「トロピカルジュース、冷たくておいしいですよ!」
こんな大きな声を出すのは、中学校の応援合戦以来だなと思う。最初は恥ずかしさもあったけれど、とても清々しくて気持ちがいい。他のクラスメイトたちも私たちに続いてくれて、みんなで笑い合った。
初めて私たちの屋台に来てくれたのは、風船を持った小さなお客さんだった。お母さんに付き添われて、スカートの裾を握ってモジモジとしている。
「いらっしゃいませ」
私は女の子の顔の高さにしゃがんで声をかける。女の子は大きな瞳で、カラフルなジュースの写真をキョロキョロと眺めている。
「どれがいいかな?」
長い間迷った末に、彼女はブルーハワイの写真を小さな手で指した。
「ブルーハワイだね。お姉さんも大好きなんだ」
私がそう答えると、女の子は初めてニコッと笑顔を見せてくれた。私は、クーラーボックスから氷を取り出し、透明なプラスチックのコップに入れていく。そこに、青いシロップを少しずつ注ぐ。女の子は、瞳を大きく開けて、私の手元をじっと見つめている。炭酸水を注ぐと、今日の青空のような鮮やかなブルーの世界がコップの中に広がる。女の子はさらに目を大きく開けて、
「わあ」
と喜びの声を上げた。
ストローを挿して、小さな手にカップを渡す。女の子は、大切そうに受け取ると、満面の笑みでお礼の気持ちを伝えてくれた。
「お姉さん、ありがとう」
「どういたしまして。こちらこそありがとう」
ノビタキコーヒーで初めて自分が作ったジュースをお客さまに渡した時のことが思い出される。休日に、常連のおじいちゃんに連れられて、小さな男の子が店にやってきた。注文を聞きにいくと、男の子は緊張した面持ちでオレンジジュースを指さした。カウンターに戻って注文を伝えると、マスターが、
「オレンジジュース、作ってみますか?」
と言ってくれた。自分で飲み物を作るのは初めてで、少しためらったが、私は、
「はい、やらせてください」
とマスターに伝えた。
私が作ったオレンジジュースを、その男の子も両手で大切に受け取ってくれた。カウンターからそっと覗くと、ストローを口にくわえた横顔はとても嬉しそうだった。
目の前の女の子と、あの時の男の子の姿が重なる。女の子がストローに口をつけると、透明なストローが青色に染まっていく。
「しゅわしゅわで、おいしい!」
喜ぶ顔に私も嬉しくなる。女の子のお母さんも嬉しそうに小さな栗色の頭をそっと撫でた。
「私も、ここの卒業生なんですよ」
「え!そうなんですか?」
「ええ、ずいぶん久しぶりにキャンパスに来ました。校舎はすっかりきれいになったけれど、雰囲気はやっぱり変わってないなって思って、嬉しいな」
そう言って、女の子のお母さんは広場をゆっくり見回した。
「ここに来たら、いろんな思い出がどんどん溢れてきました。そういえば、私も大学祭で屋台をしたなーって。あの時はフライドポテトだったんですけどね。初めて作って自分たちで食べてみたら、ちょっと塩をかけすぎてしまって。ああ、でもおいしかったな。楽しかったな」
懐かしそうな、遠くを見つめる目で語られる話を、私は静かに聞いていた。
「何だか、久しぶりに先生や友達に会いたくなってきました。みなさんも、大学生活、思い切り楽しんでくださいね!」
そう言って、親子は私たちに手を振って広場の方へ歩いて行った。私も、十年後、二十年後、またここに来て思い出を次の世代の人たちに語ることができるだろうか。今の私には、この瞬間を懸命に生きることしかできないけれど、それを続けていれば、きっとかけがえのない思い出がたくさんできるような気がして、何だか元気が出てきた。
隣を見ると、モモと目がって、二人で一緒に笑顔で頷いた。私たちは、だんだん遠ざかっていく手を繋いだ親子の背中を、見えなくなるまで見送った。
作:加藤大樹
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後編あとがき
編集者兼カメラマンの強子です。「ブルーハワイ」後編、いかがでしたか?
前回に引き続き昨年から2年間金城祭実行委員で大学祭の企画・運営に携わった学生さんへのインタビューを通して、大学祭の運営についてお届けします。10/19(土)に開催された金城祭の写真もあわせてお楽しみください!
強子(K):金城祭実行委員の2年目を終えて、1年目の事を振り返って思うことを教えてください。
学生(G):1年目は、自分のことばかり考えていました。今思うと、緊張や不安の要因が全て自分だったからだと思います。
K:2年目を終えて、1年目との心境の変化があれば聞かせてください。
G:自分が指導する側に立ち、後輩が楽しく活動できるか、しっかり司会を務められるかという不安から、去年とは違う緊張感を味わいました。後輩が躓いている姿を見て、自分もこうだったなと思い出すとともに、先輩はあの時こんな気持ちだったのかなと思うととても愛を感じ、温かい気持ちになりました。先輩の偉大さを感じる1年でした。
K:金城祭実行委員会を通して、自分自身に成長があったところはどんなところですか。
G:人前で話す力はもちろん、人との関わり方やコミュニケーション能力、忍耐力などが養われたと思います。また、辛いことがあっても、笑っていられる強さや場の空気を和ませる力など自分の強みもここで見つけ、さらに伸ばすことができました。
K:最後に、全体を通した感想を聞かせてください。
G:今年で66回目という金城祭は、とても伝統あるお祭りだと思います。この素敵な伝統や文化はしっかり守りつつ、でも新しいことに挑戦するのもいいと思います。今年の委員長は、1日目にキッチンカーを用意するなど前例になかったことを取り入れ、反響もありました。来年は私たちが盛り上げる番なので何か新しいことに挑戦してみたいです。