結婚とは、自分らしく選択する人生について考える
多様な生き方を認める社会へと時代が変わろうとしている今、自分自身もそうありたいと思いながらも、ふとした瞬間に<こうするのが当たり前><こちらの方がよいに決まっている>という思い込みに捉われていることに気づくことがあります。
故意でなくても、結果的には“そうでない方”を排除してしまっているということは、誰にも起こりうることではないでしょうか。とくに、結婚にまつわる悩みには、こうした<当たり前>の押しつけが問題になりがちです。
そこで今回は、結婚をテーマに、愛知県瀬戸市にある「本・ひとしずく」の店主・田中綾さんが、これから様々な人生の選択を経験していく若い世代に向けておすすめの2冊を選んでくれました。
■『私たちのままならない幸せ』
“普通の幸せルート”とは違う道を歩む女性たちの物語
現代女性の生き方を、鋭くもしなやかな考察力で分析するコラムニスト、ジェラシーくるみさんによるインタビュー&エッセイ集。結婚、非婚、別居、離婚、出産、不妊治療、海外移住など、様々な人生の分岐点を経験してきた8人の女性たちを取材。著者の日常生活や結婚観を垣間見ることができる後半のエッセイは、軽やかに炸裂する本音に引き込まれます。
― この本の帯に「自分らしい生き方って一体何?」と書かれています。女性の場合は、例えば結婚するのか/しないのか、子どもを産むのか/産まないのか、という二択を他人に迫られて、苦しい思いをすることもありますよね。
田中:昨今は「自分らしい生き方」という言葉をよく見聞きしますが、私が20代だった頃はほとんど意識したことがありませんでした。これぐらいの年齢で結婚するのが「普通」、結婚したら子どもを産んで家庭に入るのが「普通」という固定概念があって、その「普通」に沿って生きるのが「幸せ」だと信じていたように思います。
―「普通」という概念は、過去のものになりつつあるのを感じます。
田中:いま振り返ると、当時は、親や親戚、友人、なんなら近所のおばちゃんなどの自分を取り巻く人たちの言う「普通」に流されていれば楽だったのかもと思います。私は、自分らしさやアイデンティティの探求という、ある意味しんどいことを経験してこなかった。だから、今になって「自分らしさ」を求めて本屋をやっているのかもしれません。今この時代に自分が20代だったとしたら、「自分らしい生き方」なんて分からなくて、迷子になっていたと思います。
人生は、自分が幸せを感じられる選択の繰り返し
― この本に登場する8人の女性の半生は、“猛烈ワーママ”、“不妊治療”、“おひとりさま”、“ステップファミリー”など実に様々。なかなか聞くことができない話ばかりです。
田中:私は、「不妊治療の末につかんだ「私の核」の肌触り」の桜さん(46歳)の話が印象的でした。私と同い年で、不妊治療に悩まされたところも同じです。私は、桜さんとは違う選択をし、治療を続けた後に子どもを出産しました。「子どもを産むか否か」という分岐点に立った時から、女性の人生は自分だけのものではなくなりますよね。さらに、子どもを産む痛みを負うのも、育児の中心も女性です。男性の考え方も社会の仕組みも変わりつつあるものの、子どもがいない女性を応援する仕組みも含めて、まだまだ改善していくべきだと思いました。
― 「わからないまま、なんとか手探りで生きてきた「ここ」を、肯定できるようになった女性たちがいることを知った。」というあとがきの一節が、著者が立てた問いに対する答えのように感じられました。
田中:「どんな生き方でも自分がきちんと考えて選択したのなら大丈夫。“自分らしい生き方“になっていくよ」というメッセージを感じます。いまの特に若い世代の女性たちは、世間のいう「当たり前」や「普通」という生き方に流されなくてよくなったものの、「自分はどうしたいのか」「自分らしい生き方とは」という問いに常に向き合い、「自分らしい幸せ」を探し続けなければならないとも言えますよね。未来に希望を感じられないこの時代を生きる20代の女性にとって、これは重圧です。自由に選択できる多様性の時代には、新たな悩みの種が潜んでいることも知っておきたいことですね。
書籍情報:『私たちのままならない幸せ』
■『私の「結婚」について勝手に語らないでください。』
結婚しないという選択を認めてくれない社会への提言
累積聴取回数2000万回超の<非婚ライフ可視化ポッドキャスト>『ビホンセ(ビヨンセと「非婚の世の中」をかけた造語)』の制作兼進行役として脚光を浴びている、韓国の放送作家で本書の著者クァク・ミンジ。
『私の「結婚」について勝手に語らないでください。』では、非婚ライフの日常や非婚を宣言したことによる悩みが、家族や友人、ポッドキャストのリスナーらとの関わりを通して綴られています。
― 結婚でも未婚でもない、非婚。結婚を望まない女性は日本でも増えているような気がします。
田中:確かにそうかもしれません。私自身は、結婚が人生の中で達成しなければならないミッションのひとつだと思っていました。恋愛の結末にあるのは「結婚」だと信じていたし、その考えは昔も今も、皆同じなのだと思い込んでいました。本書を読んで「自分は、考え方が古い時代を生きてきたんだなぁ」と思うと同時に、認識を改めなければと思いました。
個々の生き方を尊重し合う、著者と家族の温かな関係性
― 本書には様々なエピソードが綴られていますが、著者が非婚でいる理由や周囲に対する気持ち、またご家族の著者に対する思いにハッとする読者は少なくないのではと思います。
田中:97歳のお祖母さんとのやりとりを綴った「私の祖母」という話はとくに印象的でした。心身ともに弱くなっている時にお祖母さんに会いに行った時、お祖母さんが「付き合っている人はいるのかい?結婚は?」と聞くのです。著者は「付き合っている人はいないし、結婚もしない」と答えます。その後、お祖母さんは「結婚っていうのは、しなくてもいいのかい?」と尋ねます。お祖母さんは、結婚することが一番の幸せだと信じている人。それでも、著者を否定するのではなくむしろ理解しようとかけたその言葉に、たまらなくなり涙が出ました。最後にお祖母さんが尋ねた「幸せかい?」という言葉には、幸せならどんな生き方でもそれでいいという、お祖母さんのとても深い愛情を感じました。
― 自分と違う生き方を尊重することは、そうありたくても簡単なことではないですよね。
田中:私が20代だった20年ほど前と今では、価値観も考え方も大きく変わっています。今は、世間の目や常識を気にしすぎる必要もないと思いますし、周囲の人の言うことは正しいとも限らないと思います。ただ、生きていくには人と関わり合っていかなくてはなりませんよね。周囲の意見に耳を傾けた方がいい場合もあるでしょう。ですが、その意見に流されるのではなく、参考として受け止めて、自分自身で選択や決断をしていけたらいいですね。それがきっと「自分らしい生き方」へとつながるはすです。そして、相手の選択や決断を尊重することにも、きっとつながるはずですから。今回の2冊には、そのためのヒントが詰まっているように思います。
書籍情報:『私の「結婚」について勝手に語らないでください。』
愛知県瀬戸市にある「本・ひとしずく」の情報はこちら
本・ひとしずく
築100年以上の古民家を改装し、2021年にオープン。玄関の土間を活かした店内には、新刊書籍や古本、リトルプレス、雑貨がテーマごとに混在し、宝探しをするように本と出合える。「生活にひとしずくの潤いを」という想いのもとに営む店主・田中綾さんの本への愛情や人柄を慕って、通う常連客も多い。 → 詳細はこちら
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