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『豊かさとは何か』を考える

貧しさや差別、不平等から起きる悲しい出来事を、人はいまなお断ち切ることができません。日々のニュースに悶々としながら『豊かさとは何か』という問いのヒントを、本に求めるとしたら…。

この難題に応えてくれたのは、愛知県春日井市の「古本屋かえりみち」店主、池田望未さん。

ご自身も大切にしていると紹介してくれた2冊の本は、子どもたちも楽しめるファンタジー小説と絵本でした。
 


■『はてしない物語』

圧倒的な世界観が見事なファンタジーの名作

10歳の少年バスチアンが、古書店で目に留まった あかがね色(※)の本を盗んでしまいます。そこには、正体不明の〈虚無〉におかされ滅亡寸前の国ファンタージエンで、少年アトレイユが奔走する物語が描かれていました。国を救うためには、人間界から子どもを連れてくるほかない。そしてその子どもとは、この本を読んでいる少年バスチアンだと分かり…。

果たして少年は国を再生できるのか。590ページにわたる壮大な物語です。
 ※赤銅のような艶のある暗い赤色
  

本の装丁や紙の手触りも、読書の醍醐味

― この本の魅力はどんなところでしょうか。

池田:まず装丁です。読み物としてはかなり重たくて大きい本で、灰色のつるりとしたはこから取り出すと、暗い赤色の布張りでさらさらとした表紙が現れます。本の扉を開くと、表紙と同じ紅色の文字。ここで語られるのは、本の虫であるバスチアンという少年が昔ながらの古本屋に入り、ある一冊の本を手に取る様子です。本を眺めて触れるうちに、どうしようもなく惹かれてしまう。そんな場面から始まる、バスチアンの「文字を追う」だけで完結することのない豊かな読書体験がこの物語の鍵を握っています。電子書籍や、デジタルの世界ではなかなか味わえないものだと感じます。
 
― かなりの長編作品ですが、本の奥付には「中学生以上」とありました。この本をはじめて読んだのは何歳の頃でしたか。

池田:ミヒャエル・エンデとの出会いは小学生でしたが、この作品を読んだのは大学4年でした。その時は「子どものころに読めていたらよかったな」と悔しく思いました。でも、読み返すたびにめまぐるしく心が動いて、今では「手にしたのがいつであれ、この本にめぐり合う人生でよかったな」と深く感じています。
  

空想の世界を越えた強烈なメッセージ

― ファンタジーエンを滅亡させるものとして「虚無」というキーワードが出てきますね。

池田:この本の中で語られる「虚無」というものは、とても印象深いですよね。最初は小さかったはずの「何もない(=虚無)」という状態が、やがては湖や街を飲みこむほど大きくなってしまう…。しかも「何か反抗できない引力を持っている」と書かれています。それは、想像力を失った私たち人間の心そのものを、示唆しているように感じます。
 
― ファンタジーというイメージを覆す、圧倒的な世界観に引き込まれました。

池田:目の前に広がる世界では体験できない、たくさんの時間・たくさんの人生を体験させてくれるのが、ファンタジーの魅力です。2023年のいまここに生きていながら、ふとファンタジーエンを思って、バスチアンとともに歩いたり、考えたり…。それは、物語の本質とでも言うのでしょうか。ファンタジーは「あってもなくても生きていける」と受け止められることもありますが、本来は、目に見えない心の内側で時間をかけて人生を豊かにしてくれる読みものだと思うのです。とくに『はてしない物語』は、一人ひとりの中に世界が何重にも存在しているという豊かさや素晴らしさに気づかせてくれる作品です。

書籍データ:『はてしない物語』

『はてしない物語』
作:ミヒャエル・エンデ
訳:上田 真而子、佐藤 真理子
装画:ロスヴィタ・クヴァートフリーク
発行:岩波書店

■『とうだい』

来る日も来る日も海を照らし続ける

岬に立つ一本の灯台。漁船や客船や、魚や鯨が毎日行き交います。みんな知らないどこかから来て、どこかへ行く…。ある日渡り鳥がやってきて、遠い国の驚くような話をたくさん聞かせてくれました。そこでふと、自分はどこにも行くことができないと痛感します。ところが大嵐に襲われた夜、吹きすさぶ雨風の中、灯台は自分にできることを知って…。

まずは、絵を存分に味わって

― この物語を一層魅力的にしているのが、小池アミイゴさんの絵ですね。

池田:絵本や児童書の挿絵のほか、広告や音楽家とのコラボレーションなど、幅広く活躍していらっしゃる方です。『とうだい』の絵は、ぱっと見ると「やさしい」「きれい」といった印象を持たれるかもしれません。ですが、よく見ると、その筆致ひっちには生命力が満ちています。「ここにこのピンクとは!」「こんな鮮やかな緑があるんだ!」など、使っている色にもアイデアたっぷりなんですよ。
 
― とくに好きなシーンを聞かせてください。

池田:嵐による荒波でもみくちゃになってしまった船を、灯台が懸命に照らす場面があります。暗闇の画面全体を横切る強い光と、灯台の姿。文字はひとつもありません。それはまるで、言葉では表現できない灯台の心の内を表しているようで、とても印象的な味わい深いシーンです。

自分の役割をまっとうするという決意

― 「豊かさ」という今回のテーマとこの物語を結びつけるのは、どういったところでしょう。

池田:毎日、職場や学校、家庭の中で、同じことを繰り返していると、「こんな日々に意味なんてあるのかな」と思ってしまうこと、ないですか?にぎやかな場所にでかけたり、新しいことをしたりしている人に、つい気を取られる…というか。この絵本の主人公・灯台もまた、海の向こうからやってくる船や渡り鳥を見つめながら、自分はどこにもいけないのだと嘆き、遠くの土地に思いを馳せるようになります。しかし、次第に自分の役目を確かめ「ただここに在る」ことの喜びに気づいていく。その姿を読者は見つめながら「ただ存在する」「当たり前の毎日をじっと続ける」中で心に芽生える、素朴な豊かさや美しさを再発見できるのではないでしょうか。

 書籍データ:『とうだい』

『とうだい』
文:斎藤 倫
絵:小池アミイゴ
発行:福音館書店

愛知県春日井市にある「古本屋かえりみち」の情報はこちら

古本屋かえりみち
勝川商店街にある古い商家を改装したシェア店舗「TANEYA」の2階。「だれもが“ひとり”にかえる場所」をコンセプトに、児童書、文芸書、芸術書などの古本をそろえる。ギャラリーも併設し、アートのほか、衣食住に関わるイベントを開催。

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