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日本語に訳すだけじゃない!翻訳家の仕事を知る手がかりになる本

外国語で書かれた文章を日本語に翻訳する、翻訳家。外国文学を原語で読めるという人を除けば、私たちが世界各国のさまざまな文学を日本語で楽しむことができるのは、翻訳家のおかげですよね。
 
ロングセラーの外国文学や、注目が高まっている韓国文学などに携わる翻訳家とは、どんな人たちなのでしょう。女性の翻訳家にスポットを当てたインタビュー本や、翻訳家同士の往復書簡などで、その仕事ぶりを覗いてみませんか。
名古屋市金山の書店「TOUTEN BOOKSTORE」の店主、古賀詩穂子さんが、翻訳家にまつわる2冊の本を紹介してくれました。


■『翻訳する女たち 中村妙子・深町眞理子・小尾芙佐・松岡享子』

数々の名訳を残した翻訳家たちのドラマチックな人生

翻訳家も編集者も男性がほとんどだった時代に出版界に飛び込み、翻訳の仕事を半世紀以上も続けた女性たち。
『翻訳する女たち 中村妙子・深町眞理子・小尾芙佐・松岡享子』は、児童書や文学、ミステリーなど今も読み継がれる名訳を残す4人の女性翻訳家に、著者の大橋由香子さんがインタビューした連載を書籍化したものです。単行本への書き下ろしとして第二部に、フェミニズムの思想と言葉を日本に紹介してきた、加地永都子、寺崎あきこ、大島かおりの章も収録されています。
 
― 4人の翻訳家の名前に聞き覚えがなくても、彼女たちが翻訳した本はとても有名ですよね。

古賀:小尾芙佐さんの『アルジャーノンに花束を』、松岡享子さんのディック・ブルーナ「うさこちゃん」シリーズなど、誰もが知っている本がたくさん出てきますし、この本から広がって、深堀したくなる内容だと思います。今は翻訳にそれほど興味がなくても、これを読んで興味が湧くこともあるかもしれません。
 
― 生い立ちから翻訳家になるまでの経歴も詳しく聞き取られているので、人生をたどることもできる。戦前~戦後の時代を色濃く感じる、働く女性の記録のようでもあります。

古賀:戦前から今につながるそれぞれの人生は、まるでドラマのようにダイナミックで、わくわくするエピソードも多いですよね。女性の仕事本の一つとしても読めそうです。
 

言葉を扱う重みを感じさせるエピソードも

― 翻訳の際に大切にしていること、心がけていることも随所に出てきますね。「若者が知らないような言葉もあるが、知らないから使わないというのもおかしい。わからなければ学べばよい。使わなくなれば、言葉が貧しくなってしまう」という小尾さんの言葉が、私には印象的でした。

古賀:言葉を扱う仕事の重みが感じられますよね。深町さんが若いころに誤訳した経験をずっと心に留めているというエピソードでは、仕事に対する謙虚さや人柄も伝わってきます。

第二部には、“ドイツ語には「女ことば」「男ことば」の使い分けがない”といった言葉と社会構造の関わりについても書かれていて、直訳するだけでなく、言葉の背景にある社会や文化を理解して反映することも必要なんだと感じました。
 
― 翻訳家になるまでの経緯や、仕事への携わり方もそれぞれに違いましたね。英語の仕事から翻訳家の道へ進んだり、下訳したやくのアルバイトから自立したり。

古賀:翻訳に下訳という作業があることを、この本で初めて知りました。松岡さんは翻訳だけでなく、子どもへの読み聞かせや本との出合いを作る仕事をライフワークとして続けていたというのも、かっこいいなと思いました。

書籍情報:『翻訳する女たち 中村妙子・深町眞理子・小尾芙佐・松岡享子』

『翻訳する女たち 中村妙子・深町眞理子・小尾芙佐・松岡享子』
著:大橋由香子
発行:エトセトラブックス

■『曇る眼鏡を拭きながら』

脈々と受け継がれる翻訳家の魂も感じられる往復書簡

ノーベル文学賞受賞作家、J・M・クッツェーの訳者として名高い、くぼたのぞみとパク・ミンギュ『カステラ』以降、韓国文学ブームの立役者である斎藤真理子。『曇る眼鏡を拭きながら』は、「ことば」に身をひたしてきた翻訳家どうしが交わす、知性と想像力にみちた往復書簡集をまとめた一冊。
翻訳文学や翻訳家、互いの翻訳作品について、作品の背景にある歴史や手紙を綴った当時の社会情勢など、自由に飛び交う話題の豊富さと厚みに圧倒されます。
 
― この本を選んだ理由を聞かせて頂けますか。

古賀:くぼたさんはアフリカ発・アフリカ系の文学、斎藤さんは韓国文学の翻訳を手掛けている方です。翻訳というとイメージしがちな英米文学以外の翻訳家の本を選びたいなと思いました。また、脈々と受け継がれている翻訳家の魂というか、翻訳家同士のつながりのような話題が読めることもおもしろいです。
 
― 藤本和子さんという方の名前がたびたび出てきますね。翻訳文学や翻訳という仕事について考える時に絶対に外せない方だとか。

古賀:翻訳家で作家でもある藤本さんの本は最近復刊されていて、この本を読むと、復刊にこの2人が関わっていることがわかります。知らない人や作品、歴史的な出来事なども出てくると思いますが、これをきっかけに調べたり、作品を読んだりしてみては?と思います。読書へと誘ういいパスを、2人が出してくれている気がします。

言葉と深く向き合う2人ならではの表現

― 手紙に用いられる表現の美しさが印象的で、特に比喩表現はとても個性的。たびたび驚かされました。

古賀:くぼたさんは詩人でもありますし、斎藤さんも詩の翻訳をされているので、詩的な表現なのかもしれませんね。2人の引き出しの豊富さ、言葉の多様さが感じられます。この書籍のタイトルについても何度か言及していて、何事も深く考察する方たちという傾向も読み取れました。
 
― 2人が語る「翻訳とは?」も興味深かったです。斎藤さんは、翻訳している時間は平穏や平和に近いと語っています。

古賀:”すでにある世界“を丁寧に歩いていく時間とも書かれていましたね。いい表現だと思いました。
 
― 今回の2冊を通して、翻訳家の共通点が何か感じられましたか?

古賀:探求心が旺盛な方たちかなと思いました。一つひとつをさらっと流さず、向き合って、見逃さない。そういう性分なのかもしれませんが、結構カロリーを使う仕事だなと。苦しそうだけど、楽しそうでもありますね。
海外文学に限らず、映画やドラマなど翻訳するコンテンツはまだまだあるので、翻訳家として活躍する領域は、今後も必要とされ続けるのではないでしょうか。
  

書籍情報:『曇る眼鏡を拭きながら』

『曇る眼鏡を拭きながら』 著:くぼた のぞみ、斎藤 真理子 発行:集英社

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TOUTEN BOOKSTORE
文中の読点のように生活のなかのアクセントとなり、知的好奇心をくすぐる存在を目指す新刊書店。雑誌やコミック、歴史や文学、社会問題などジャンルを問わず多様な本がそろい、コーヒーやビールなどを飲みながらくつろぐこともできる。2階にギャラリーを備え、トークイベントや読書会、写真展などの催しも多い。

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