言語は民族の知の宝庫である。
言語は環境と密接に結びついている。
現在、世界には6000~7000種もの言語があるといわれています。
しかし、その多くは諸地域の先住民族に受け継がれてきた少数言語です。
現在、ほとんどの少数言語は衰退の一途をたどっており、消滅の危機に瀕しているものも少なくありません。50年後には現存する世界の言語の半数が消滅するであろうと予測する言語学者もいます。
では、言語の消滅は私たちに何をもたらすのでしょうか。
たとえば、南米アマゾンの未開の森に住む民族の言語がなくなったとして、何の問題があるのでしょうか。
じつは、言語は私たちをとりまく社会環境や自然環境と密接に結びついています。
とりわけ少数民族の話す危機言語には、彼らが自然と共存していくための知恵が詰まっています。
たとえば、薬用植物の宝庫といわれる南米アマゾンの先住民族の言語には、植物の効能や植物の見分け方などの知識が貯蔵されており、先住民族の言語研究が新薬開発のヒントになることもしばしばあります。
言語が失われることは、そうした人類の貴重な文化遺産も同時に失われてしまうことなのです。
ツバルにはココヤシにまつわる語彙が200以上ある!
言語が環境と密接に結びついている例をもうひとつあげましょう。
南太平洋ポリネシアの西端に、ツバルという小さな島国があります。
過酷な環境下で暮らしを営むツバル人にとってココヤシは重要な生活資源であり、ツバル人の伝統的な暮らしには、あらゆる場面にココヤシが関連しています。
ヤシ汁の採取や果実の収穫、ココナッツの繊維を使った縄紐づくりは、男性の日課。
女性の日課は、ココヤシの葉を使ったござや籠、うちわ作りなど。
若い女性は毎日のようにココナッツ料理を作り、子どもたちはココヤシの木の薪を集め、ココヤシでできたほうきで、家の中や庭を掃く・・・。
飲食から日用雑貨、建材まで、ココヤシがツバル人の生活に欠かせないものであることは彼らの言語にも反映されており、ツバルにはココヤシにまつわる語彙が豊富にあります。
たとえば、ツバル語ではココナッツの成長段階が6つに分けられ命名されており、さらに、それぞれの成長段階における「外果皮をむく」、「中果皮を割る」、「胚乳を取り出す」などのプロセスも細かく分類され、それぞれに異なる動詞が存在します。
くわえて、「ココヤシに登る」、「ココナツの皮を剥ぐ」などココヤシにしか用いられない動詞や、「ココナツ1つ」、「ココナツ2つ」というココナツにかぎられた数え方もあります。
こうしたココヤシにまつわる語彙をトータルすると、なんと200語以上にもなるのです。
しかし、残念なことに、近年はココヤシに関する語彙が使われる頻度が急速に減少・縮小し、ツバルの若者たちに継承されなくなった語彙も少なくありません。
ツバルの言語が衰退する要因はさまざまにある。
では、なぜツバル語からココヤシにまつわる言葉が消えていくのでしょうか。
その理由のひとつは、急速に進むグローバル化や都市化、欧米化のなかで、ツバルの伝統的な生活様式が失われつつあること。生活スタイルが変われば、使われなくなる言葉も出てきます。
もうひとつの要因は、国外移民の言語問題。
よりよい仕事や教育、医療を得るために、あるいは気候変動からくる不安から、近年はツバルからニュージーランドへの移民の数が増え続けており、それに伴い、ツバル語を話さない移民二世、三世の人口も増加しています。
ニュージーランドの環境ではココヤシは育ちません。移民世代のツバル語からは、豊富に存在するはずのココヤシの語彙がすっかり抜け落ちているわけです。
その他にも、ツバル固有の環境が生みだした文化語彙は、移民世代には継承されない傾向があります。
さらにツバルの公教育では、母語(国語)教育よりも、英語教育に力を入れているのが実情です。
現在、ツバル語の話者人口は約1万人。
ツバル人の人口は増加傾向にあり、ツバル語は消滅の危機に瀕してはいないという意見もありますが、グローバル化や都市化、移民の増加がさらに進めば、近い将来、ツバルが英語社会に転換する日が来ることも十分考えられます。
言語の多様性を尊重し、守ることが
私たちが生きる社会や生活をより豊かにする。
言語は、地域の自然環境、社会環境のなかで、長い年月をかけて育まれてきたもので、コミュニティの文化や価値観を形成する重要な要素でもあります。
特に先住民族の言語は周囲の自然環境への深い知識や理解を反映しており、持続可能な社会を築く上での豊かな資源となっています。
危機言語の消滅は、人間がこの地球上で生きていく術を永遠に手放すことに他ならないのです。
言語を学ぶことで、世界の姿を知る。
それが、文学部 外国語コミュニケーション学科
2022年1月掲載 『車内の金城学院大学 153限目』 はこちら
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