子どもの目線にこそ学びがある。愛される北欧の児童文学
日本ではすっかり人気が定着している、北欧のデザインやプロダクト。フィンランドに拠点を置くテキスタイルメーカー「マリメッコ」や、スウェーデン発祥の大型家具ストア「IKEA」をはじめ、日本を代表するアパレルメーカーの「ユニクロ」とスウェーデンのデザイナー・陶芸家のリサ・ラーソンのコラボレーションも大きな注目を集めました。
そこで今回は、北欧の児童文学に注目。北欧をコンセプトにしたカフェを併設する書店「BookGalleryトムの庭」の月岡弘実さんに、北欧で愛される児童文学を紹介してもらいました。
■『ムーミン谷の彗星』
第二次大戦直後の1946年に発表された、ムーミン大冒険の物語。
赤々と燃える彗星がすぐそこまで迫っている…!地球滅亡の危機を目前に、ムーミンは友だちのスニフたちと共に彗星を調べようと天文台へ冒険に出かけます。
『ムーミン谷の彗星』は、1946年に出版され、のちに8冊が出版されるムーミンシリーズの物語としては、最初に世に発表された作品。画家としても活躍したトーベ・ヤンソンの挿絵も魅力的な作品です。
― 地球滅亡の危機という非常事態と、ほほえましくもあるムーミンたちのコントラストがとても印象に残りました。
月岡:恐ろしい話や暗い話でなく、わくわくするような冒険として描かれていることが、この作品の素晴らしいところです。この物語が出版されたのは1946年なんですね。その前年の1945年は、広島・長崎に原爆が投下された年でした。原爆が投下された事実は、トーベ・ヤンソンにも大きなショックを与えました。彗星が衝突して地球が滅亡するかもしれないというこの物語には、彼女の戦争に対する思いが映し出されているのだと思います。好奇心と使命感に突き動かされて冒険に出かけるムーミンたちの姿を通して描きたかったのは、実は、原爆を含めた人間の愚かさだったのだと思います。
物語に込められた、厳しくも温かなメッセージ
― 物語の中には、<人間の愚かさ>について具体的に示した言葉は見当たらないように思います。
月岡:確かにトーベは、物語の中ではっきりと言及することはしていませんね。でも、注意深く読むと気づくはずです。ムーミンが、昆虫採集に熱心なヘルムに「あなたは空の色がなんだかおかしいことに、気づいておられますか」と尋ねるシーンがあります。その問いに、ヘルムは「ふん、空など、どうでもいい。なんなら、チェックがらになっていても、かまいはせん」と答えるのです。それは、ムーミンたちとは対極にある、無関心な大人の姿を映しているような気がします。トーベ・ヤンソンは、大人に対して厳しい目を持っている人でした。ムーミンたちの勇気ある姿には、大人たちが学ぶべきことがたくさん散りばめられているのです。
― ときにダンスを楽しんだり、ある時はケンカをしたり、わがままを言って仲間を困らせたりする子どもらしさも、この物語を豊かにしているように感じます。
月岡:そうですね。例えば、誰かが仲間を困らせても、ムーミンたちはそのつど受け入れて、また冒険を続けます。助けたり、励まし合ったりして、それは人間関係の築き方を教えてくれているようにも思えます。
― 日本でのムーミンは、物語以上にキャラクターそのものが愛されているような印象もあります。物語の中では、それぞれ少しイメージが違うようにも感じたのですがいかがですか。
月岡:日本でのムーミンは、やさしくて大人しい印象が強いかもしれませんね。それにスナフキンは、吟遊詩人的な部分がとても強調されて受け入れられているような気がします。一方、物語に登場するキャラクターたちは、もっと子どもらしさに溢れていますよね。ムーミンは、乱暴な言葉を言うこともあるし、敵を成敗する勇気や強さを持っています。スナフキンは、例えばズボンの着心地など、こだわりが強く繊細な一面を持っています。そして、物語のキーパーソンでもあるムーミンママの言葉にも注目してもらいたいですね。含みのある言葉を、大事なところでふわりと放ちます。ムーミンの物語は、奥が深いのです。トーベ・ヤンソンがどんなメッセージを込めて作品を完成させたのか、ぜひ想像をめぐらせながら楽しんで欲しいですね。
書籍データ:『ムーミン谷の彗星』
■『やかまし村の子どもたち』
『長くつしたのピッピ』で知られるリンドグレーンが紡ぐ物語
スウェーデンの片田舎にある、わずか3軒だけの集落「やかまし村」。そこで暮らす6人の子どもたちが、遊んだり、ケンカをしたり、隠しごとをしたり…。自然豊かな村の中で、工夫しながら楽しみを見つける子どもたちの姿が伸びやかに描かれています。何気ない日常の中にも楽しい出来事がたくさんあることをそっと教えてくれます。
― アストリッド・リンドグレーンは、トーベ・ヤンソンと同じ女性の作家ですね。
月岡:アストリッド・リンドグレーンについては、作家名はそれほど有名ではないかもしれませんが、『長くつ下のピッピ』は知っているという人は多いでしょう。リンドグレーンは、トーベよりも少しだけ先輩。同時代の女性作家です。北欧が人権意識の高い国だということはよく知られていますが、彼女たちが生きた時代はまだ、女性が自分のやりたいことを自由に挑戦することはできなかったはずです。そうした社会の枠組みの中にありながら、世界で愛される作品を生んだということは、トーベもリンドグレーンも、自分の理想を貫く強い精神力の持ち主だったのだろうと想像できます。
子どもたちのいきいきと遊ぶ姿に込められた人権への思い
― 『やかまし村の子どもたち』は、自然豊かな村に暮らす子どもたちと同じ目線になって、ドキドキしたりワクワクできる楽しい作品ですね。
月岡:やかまし村に住むリーサという女の子の語りで物語が進むのですが、一人ひとりが本当にいきいきと描かれていますよね。北欧らしい自然の豊かさも感じられて、その中で知恵を絞りながら遊ぶ姿は、大人も感心してしまうほど素晴らしい。その一方で、対照的に描かれているのがくつ屋のおじさんです。子どもたちが相手だというのに、いつも意地悪で、無関心。リンドグレーンは、子どものアンチテーゼとしてこの人物を描いたのだと思います。トーベ・ヤンソンと同じように大人に対して厳しい目を向け、子どもたちの自由や人権を訴えている人だったからです。
― この作品が、育児や教育の分野でも取り上げられることの多い本だと聞きました。実際に物語を読むと、子どもへの接し方について考えさせられます。
月岡:物語に描かれている子どもたちは、大人もうらやましくなるぐらい伸び伸びと自由に毎日を楽しんでいますよね。確かに、北欧は子どもに対する人権意識が高いのですが、当時から子どもたちが大人と対等に扱われていたかというと、そうではなかったと思います。これは推測ですが、トーベ・ヤンソンやリンドグレーンも、子どもだった頃には“こうしなさい、ああしなさい”と、きっと言われていたと思います。二人とも好奇心が旺盛で、自分のやりたいことに挑戦したい性格だった。彼女たちもまた、大人たちと戦ってきたのだと思いますよ。この物語が、子どもたちとの接し方を見つめ直そうと思うきっかけになったのだとしたら、それはリンドグレーンの願いが届いたということだと思います。
書籍データ:『やかまし村の子どもたち』
愛知県名古屋市にある
「Book Galleryトムの庭」の情報はこちら
Book Gallery トムの庭
海外の翻訳絵本や児童文学を中心に、新刊本、古書、アートや雑貨などをそろえる。店主の月岡さんの書斎のような空間で、厳選された本からお気に入りを見つけるのが楽しい。場所は、地下鉄「一社」駅から徒歩5分ほど。北欧テイストのカフェも併設する。 → 詳細はこちら
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