空前の短歌ブーム。あなたの好きな一首を見つけて
五・七・五・七・七のリズムを定型とする短歌。日本最古の歌集『万葉集』に、与謝野晶子の『みだれ髪」など、数々の古典作品が知られていますが、いまブームの渦中にあるのは<現代短歌>。いわゆるZ世代の若者の心を掴み、書店では歌集の売れ行きが好調だそう。
そこで今回は、現代短歌の魅力を味わえる2冊を、古本屋かえりみちの池田望未さんに選書していただきました。
■『サイレンと犀』
途切れることのない心の動きを、鮮やかに描く三十一文字。
「もういやだ死にたい そしてほとぼりが冷めたあたりで生き返りたい」
「ともだちはみんな雑巾ぼくだけが父の肌着で窓を拭いてる」
現代短歌を代表する歌人の一人として、人気を集める岡野大嗣さんの歌集。音もなく過ぎ去ってしまうような日常の瞬間や心境を淡々と描いているような三十一文字が、読者の心に鮮烈な印象を残して去っていく。清々しく心地よい歌もあれば、孤独や不安がにじむ歌もあり、誰もが味わう日々の浮き沈みや生きる悦びが詰まった一冊。
― この本は、どんなきっかけで手に取られましたか。
池田:可愛らしい装丁に惹かれて、ふと手に取ったのがきっかけでした。実はこの本を読むまで、それほど現代短歌に詳しい方ではありませんでした。この本に現代短歌の魅力を教えてもらって、色々な本を読みました。これから短歌を読みはじめる方にも、この本はきっと新しい扉を開いてくれると思います。
心地よい共感も、闇に対峙するような不安も
― 150ページほど、中には挿絵もあって、ちょっとした時間に読むことができるのもよいですね。
池田:電子書籍に慣れている人や、詩歌に馴染みのない人にも手に取りやすいと思います。きっと誰もが身近に感じられる歌だということも、魅力のひとつ。なかには、都会生活を思わせる内容の歌や、性や愛を描写した歌も。一見大人びて見えるのですが、もう一度じっくり読んでみると、端々に表現の工夫が見て取れます。そこには「おもしろいものを見てやろう」「ちょっといたずらしてみよう」という子どものようなお茶目さがある。読みながら親近感が湧いてしまうのです。
― たしかに、自然体で心にスッと入ってくるような清々しさと、ときに生々しさや不安が漂う歌も混在していますね。
池田:この本を手に取った、共感できるという心地よさだけでなく、もう一歩踏み込んだ魅力を感じました。本の最後に、歌人の東直子さんの解説が収録されているのですが、そこに「このように、なんでもない一瞬を切り取って、人生の全体へと響いてくる深みが岡野さんの短歌にはある。人はなぜ生きるのか、なぜ死ぬのか、という命に対する問いがその根底にあるからだろう」と書かれていて、深く頷きました。
― 最後に東さんの解説と、岡野さんのあとがきを読んで、もう一度最初からじっくり読みたくなりました。
池田:冒頭から末尾までをじっくり読んでみると、一首一首が切り離された瞬間ではないことに気づかされると思います。それは、ゆるやかにつながったひとつの<人生>、ひとつの<世界>。そこで「自分も、ひとつの人生を生きているのだ」とハッとしたのです。岡野さんの短歌の主人公と同じように、短歌にできるほど大切なものが自分の内にもたくさん潜んでいるのだと。
― 岡野さんの短歌の中に、自分との共通項が見つかるような感覚でしょうか。
池田:そうですね。主人公は「特別なだれか」ではなく、昨日や今日の「私」かもしれない…。だから、読むうちに自分の気持ちの置きどころが生まれるような気がします。この本に収められた一首一首が、今日を生きるためのお守りなのです。
書籍データ:『サイレンと犀』
■『くるぶし』
凄みに満ちた歌の数々は、もはやエンターテイメント
「諦めろおまえは神の残置物祈りとしての恥を楽しめ」
パンク歌手を経て、1996年に小説家に転向。2000年に『きれぎれ』で芥川賞を受賞し、その後も独特の世界観でファンを魅了し続ける町田康さん。今回の『くるぶし』は、初の短歌集にして書き下ろし全352首という大作。予定調和を狂わせる言葉の連打に、圧倒的な存在感を放つ装丁まで、唯一無二の世界にどっぷり浸ることのできる作品です。
― どちらかというと読みやすい岡野さんの『サイレンと犀』とは一線を画す、凄みのある作品ですね。
池田:「とんでもないものに出会ってしまった」というのが、この本の第一印象でした。
「知り合いに水だけ出して帰らせてその後わがは薄茶のむなり」
なんていうのはまだ想像しやすい方です。聞いたこともない単語や、読みを想像することさえできない漢字が次から次へと出てきて、スムーズに読むのが難しい。しかも、わざわざ調べて、もう一度読み返してみても「なんじゃそりゃ!」とツッコミたくなる内容だったりするのです。それは、幼い頃、大人たちからホラ話を聞かされて、うっかり鵜呑みにしてだまされた時と同じ気持ち。どんどん想像が膨らむのに、最後は見事な肩透かし。読者としては、町田さんの思うツボのようで悔しい(笑)。でも、「次は何?次は?」と怖いもの見たさでページをめくっていくうちに、夢中になってしまいます。
「まったく何なのか分からない」と対峙することの意味
― どの歌も難解ですが、ユーモアやおかしみがあって、そのギャップも魅力ですね。
池田:この本にある、
「するめ屋で買うたするめが不味すぎて井戸にはまって死んでまうなり」
という一首には、つい声を出して笑ってしまいました。そもそも「するめ屋」なんて存在するの?「するめが不味すぎ」るくらいで「井戸にはま」ることなんてある?さすがに「死んでまう」ことはないでしょう!と、次から次へと謎が深まり、頭の中は大忙し。最後には、これほど堂々とした歌なのだから「私が知らないだけで、これが日常という場所が世界のどこかにあるのかもしれない!」という境地に至って、ドキドキと早くなる鼓動…。こんな体験はほかでは味わえませんよね。
― <なんだかよく分からないもの>ほど、惹かれてしまうことってありますね。
池田:共感できるポイントがたくさんある本が、面白くて楽しいのは当然だと思います。でも、分からない、自分とは関係がない、知らないものにも、面白くて楽しいものはたくさんある。ひと目見て「違う」と遠ざけてしまうのはもったいないと思います。共感がもてはやされる時代だからこそ、自分とは異質なものや違うものとも対峙して、理解するという体験はとても重要だと思います。
<一首との出会い>が見える景色を変えてくれる
― 現代短歌の中でも対極にあるようなこの2冊を選んだ理由を聞かせてください。
池田:岡野さんの、一見とっつきやすいようで、読めば読むほど生きることの深みに胸を突かれる短歌。町田さんの、小難しいように見えて、噛みしめるうちにおかしみがにじみ出てくる短歌。どちらも、向き合い方しだいでいくらでも面白くなる作品です。例えば、この2冊からお気に入りの歌を見つけて、その一首の世界に浸ってみてはいかがですか。取るに足らないように見える毎日の風景が、その一首との出合いを境に、いつもとは違う景色に変わっていくかもしれません。
書籍データ:『くるぶし』
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愛知県犬山市にある
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古本屋かえりみち
2024年9月に、春日井市勝川から犬山城下町に移転オープン。新店舗は、もともと珈琲店だった古い町家。ぐんと広くなった店内に、文芸や人文、絵本、児童文学、芸術、漫画など、様々な本棚をレイアウト。本やアートに没頭できる居心地のよい時間が流れている。
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