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通学路の途中、玄関先のプランターに季節の花をきれいに咲かせた家がある。
豪華な邸宅というわけではないけれど、いつも丁寧に掃除や手入れがされていて、おしゃれな雰囲気が私は好きだ。

一時間目の授業がある時に家の前を通ると、だいたいいつも、この家に住むおばあさんが、花たちのためにじょうろで水を注いでいる。
朝はいつも気持ちが焦っていて、足早に歩いている私に、おばあさんは、
「おはよう」
と優しく挨拶をしてくれる。
私も歩調を緩めて、
「おはようございます」
と返す。気ぜわしい朝に、ホッと安心を与えてくれる時間だ。

おばあさんの家には大きな出窓があって、立派な三毛猫がいつも窓辺に座っている。アーモンドのような形の愛らしい瞳がこちらをじっと見ている。私は小さなおばあさんの同居人にも、
「行ってきます」
と声をかける。窓の向こうの声は聞こえないが、猫の口元の動きで、
「いってらっしゃい」
と送り出してくれているように感じる。私は、一人と一匹から安らぎと勇気をもらって、今日も一日がんばろうという気持ちになる。

前期の試験もすべて終わって、明日からは夏休みだ。清々しい気持ちでゆったりと帰り道を歩く。おばあさんの家の前では、小さなひまわりがプランターの中で夏の夕日を浴びている。
出窓の主は不在だった。夏は暑いから、陽の当たらない家の中で気ままにゴロゴロしているのかなと考える。
家の前を通り過ぎようとすると、出窓のカーテンが揺れたような気がして、足を止めてそちらに目を向ける。
三毛猫が眠い目をこすりながら、いつものように、
「にゃあ」
と口を動かしている。
私も、小さな相棒に向かって、「君もいい夏休みをね」と声をかけて、夏の坂道を軽い足取りで下っていった。

作:加藤大樹


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