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#4 〝「物語」を紡ぐ支援をする看護実践を目指して″

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看護理論家の一人であるジョイス・トラベルビー(1926-1973)は、
看護の目的を、病気や困難な体験の予防であるとすると共に、「それらの体験のなかに意味をみつけだすように」援助することであると述べています(トラベルビー 1974)。

意味への援助、とはいったいどういうことでしょう。

 医療は科学的根拠に基づいて提供されており、これをEvidence Based Medicineと言います。

たとえば、病を得て病状説明の席につくと、その機序が生理学的に、データなども示されながら整然と説明されます。

看護実践も同様の志向性を根強くもっており、EBN(Evidence Based Nursing)と言われます。

看護学部の学生が、演習や実習場面でしばしば、
「その根拠は?」
「それはなぜ?」

と質問攻めにあうのは、そのためです。

ところで、科学的知は病を得た人を包括的に支援しうるのでしょうか。
文芸評論家の小林秀雄と数学者の岡 潔は、「知的に矛盾がないということだけでは足りない」(岡・小林 2010)と「科学的知性の限界」を述べ、物事を真に理解する上での感情の重要性を論じています。

このことを、看護の場面に当てはめて考えてみましょう。

病態の機序の明晰な説明を受けることで、患者や家族は病を得た戸惑いの境地から抜け出すことができるでしょうか。

臨床心理学者の河合隼雄は、「自分の物語を発見し、自分の物語を生きていけるような「場」を提供」することの重要性を述べています(河合・小川 2008)。

戸惑いに、物語が添えられることで、苦難と折り合いをつけようとする心境に至れるのでしょう。

 臨床看護は、対象を生活者として捉えてケアが提供されます。
したがって、「根拠」には数値化されるものだけではなく、例えば「物語」も含まれてきます。

「“その人らしさ”をケアできる看護職者」を目指すわたしたちは、要素還元論的な科学の視点だけでは捉えきれない、「物語」への支援、そしてその「物語」を織りなす人とのつながりの重要性を改めて心に留めなければならなりません。

村上(2018)は「看護師が触媒となって生まれる「物語」は、質的な生成として人生を彫琢する」と述べています。物語を介した「意味への援助」を模索しながら、看護の探究は続きます。

参考文献

河合隼雄・小川洋子、2008、生きるとは自分の物語をつくること、新潮社
小林秀雄・岡 潔、2010、人間の建設、新潮文庫
村上靖彦、2018、在宅無限大----訪問看護師からみた生と死、医学書院
Travelbee, J. 1971/長谷川浩・藤枝知子訳、1974、人間対人間の看護、医学書院

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