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ただいま

午後の授業も終わり、少しホッと一息つける時間帯。
研究室の窓を開けると、清々しい空気が部屋の中に流れてくる。
学生たちと一緒にゼミをするための机の上には、学術雑誌やレジュメが雑多に積み上がっている。
私は、「よし」と腕まくりをすると、その山を一つずつ整理して書棚に片づけていく。
時計を見ると、約束の時間までにまだ少し時間がある。
掃除機くらいはかけられそうだ。

掃除を終えてハンディタイプの掃除機を壁に立てかけると、コツコツと扉をノックする音が聞こえる。
私は、
「どうぞ」
と応じる。
しばらくすると、ゆっくり扉が開いて、懐かしい顔がこちらを覗く。
「先生、ただいま」
「おかえり」
久しぶりの教え子の「ただいま」に、私も「おかえり」の言葉を返す。

彼女が最初にこの部屋に来たのは、高校を卒業してすぐ、まだ大学に入学したばかりのころだった。
心細そうな顔で授業の履修の相談に来た時のことが、つい最近のことのように思い出される。

三年生になって進路を選択する際には、ずいぶん悩んで、長い時間向かい合って話し込んだ日もあった。

卒業式の日には、ゼミの仲間と一緒に袴姿でこの研究室でみんなで写真を撮った。
書棚のいちばんいい場所に、その時の写真が今も飾られている。

あれから何年も経ち、久しぶりに会う教え子の立派になった姿に、誇らしい気持ちになる。
お土産に持ってきてくれたケーキを食べながら、大学時代の思い出話や仕事の話を一通り話すと、
「よし!」
と彼女は立ち上がった。

「先生、また来ますね。その時までがんばってきます。いってきます」
新しい居場所に帰っていく彼女を、精一杯のエールをこめて送り出す。
「いってらっしゃい」

作:加藤大樹