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チャーム

夕方の混み合った時間帯、栄町の駅で地下鉄の黄色い電車に乗り込む。
疲れた体で何とか席に座ると、自然にふうっとため息が漏れる。
膝の上にバッグを置いて、教科書を取り出す。今日の四時間目の製図の授業のものだ。課題の期限まであと一週間。なかなかアイデアがまとまらず、課題は思うように進んでいない。私は、眉間に皺を寄せて車内で教科書とにらめっこをする。

途中の駅で、何人かの人が降りると、春色のスプリングコートが似合う女性がするりと乗車してきた。大きめのレザーのバッグを肩からかけて、反対の手には円筒形の図面ケースを抱えている。この人も建築やデザインの仕事をしている人だろうか。かっこいいなという憧れと一緒に、課題一つ満足に進まない今の自分の状況に再びため息が出る。
ふとその人が振り向いた瞬間、目が合ったような気がした。あまりジロジロ見ては失礼だと思い、私はさっと目を伏せて教科書に集中する。

乗り換えのために電車から降りると、スプリングコートの女性も同じ駅で降りるようだ。足早にホームを歩くと、後ろからトントンと肩をたたかれる。振り向くと、さきほどの女性が微笑みながら、
「勉強がんばってね」
と声をかけ、私を追い越していく。
「え?」
口を開けたまま私が立ち止まっていると、彼女は振り返って私のバッグのファスナーの取っ手を指差した。
そこには、私のお気に入りの、百合と十字をモチーフにした校章のチャームがついている。彼女は、自分のバッグに手を入れると、小さなキーケースを取り出して私の目の前に掲げた。そこには、私と同じ模様のチャームがゆらゆらと揺れていた。

彼女はチャームを左右に振ると、もう一度素敵な笑顔を残してホームの雑踏の中に消えていった。

作:加藤大樹