ブルーハワイ(前編)
※連載小説「リリィ」は、金城学院大学を舞台にした物語です。
この物語はフィクションであり、実在の人物とは関連がありません。
登場人物
笹川ユリ:この物語の主人公。金城学院大学1年生。
咲本モモ:ユリのクラスメイト。金城学院大学1年生。
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扉を開けると、カランという乾いた気持ちのいいベルの音とともに、店内の懐かしい香りに包まれる。マスターが毎日丁寧に焙煎しているコーヒー豆のやさしい香りが私は大好きだ。
「いらっしゃい」
白いシャツにいつもの茶色のエプロン姿のマスターが、白い髭の口元を笑顔にして私たちを出迎えてくれる。
「マスター、今日はせっかくのお休みの日なのにすみません」
「楽しみにしてましたよ。さあ、みなさんもこちらへどうぞ」
マスターに案内されて、モモとハルコはカウンター席に腰を下ろした。モモは同じ学科の同級生だ。四月のオリエンテーションの際に、学生委員の選出があった。大学祭の委員を決める際に、誰も立候補する人がいなかった。たまたま隣の席に座っていたモモと目が合って、何となく二人一緒に手を挙げた。私たちの大学では、毎年十月の創立記念日の時期に大学祭を開いている。私も高校生の時に先輩に誘ってもらって訪れたことがあるが、学生や家族、地域の人たちで賑わっていて、とても楽しかったことを覚えている。その時のことが思い出されて、私は大学祭の委員に立候補した。
各学科の一年生は、クラスごとに出し物をするのが慣習となっている。大学にもクラスがあるとは知らなかったが、私たちの学科にはAクラスとBクラスの2クラスがあり、学籍番号によって学生たちが割り振られている。笹川と咲本が名字の私とモモは、ともにAクラスに配属された。クラスといっても、高校までと違って、クラスメイトと常に一緒に行動するわけではない。多くの学生にとっては、一部の演習の授業などで、クラス分けの際に自分がどちらのクラスだっただろうと思い出すことがあるくらいだ。でも、私とモモはAクラスの大学祭委員として、クラスの企画の成功のために意気込んでいた。
フライドポテトやかき氷などが大学祭の企画の定番ではあるが、十月という季節を考えると、かき氷はやや季節外れではないかという話になった。秋といえども、最近は十月でもまだまだ暑い日も多い。そこで、私たちAクラスは、カラフルなトロピカルジュースの屋台を出店することに決めた。委員のメンバーみんなにとって、子どものころの憧れの飲み物だが、作り方や材料の入手などについてはみんな素人であった。
「そういえば、ユリのバイト先の喫茶店って、トロピカルジュースは出してないの?」
ミーティング中のモモの質問に私は、はっとする。
「あ、トロピカルジュースはないけど、クリームソーダならメニューにあるよ」
「クリームソーダって、緑色のシュワシュワの上にアイスクリームが乗った、あれだよね」
「そうそう。うちは昔ながらの喫茶店だから、ずっとメニューにあるんだ。最近レトロ喫茶が人気だから若いお客さんがけっこう注文してくれるんだよ」
「へえ。クリームソーダは難しいかもしれないけど、ソーダだけなら私たちでもできないかな。ねえユリ、マスターに作り方を教えてもらうようにお願いできないかな?」
こうして私たちは、私が春からアルバイトをしている喫茶店「ノビタキコーヒー」を訪れた。ノビタキは、白と黒のコントラストがかわいい小柄な鳥で、カワセミ先生と同じく鳥好きなマスターらしいネーミングだ。店内には、水彩画を描くのが趣味のマスターによる鳥の絵がいくつも飾られている。
いつものようにエプロンをつけようとすると、マスターがそっと右手を上げて私を止める。
「ユリさん、今日はお客さんだから、みんなと一緒にこちらに座ってください」
「え、はい。ありがとうございます。こっちに座るの初めてかもしれません。何だか新鮮」
私はマスターの厚意をありがたく受け止め、友人二人に挟まれてカウンター席に座った。私の右側にモモ、左側にハルコが座る。将来、栄養士を目指しているハルコは、私やモモとは学科は違うけれど、勉強のために一緒に参加したいと言って今日は私たちについてきた。
「さあ、お嬢さんたち、どちらのトロピカルジュースにしますか?」
そう言ってマスターはカウンターの上に、色とりどりのシロップが入った容器を並べた。今回は、大学祭の屋台のため、できるだけ予算を安く抑えたいという私たちの希望で、マスターが、かき氷用のシロップを使ってみてはどうかというアイデアを出してくれた。今日はその試飲会と、作り方のレクチャーを受けるのが目的だ。いちごの赤、メロンの緑、レモンの黄、ブルーハワイの青と、色とりどりのシロップが並んでいて目移りしてしまう。
「私はいちごでお願いします!」
ハルコが一番に声をあげる。
「私はメロンをいただきます。クリームソーダのイメージで、緑色を試してみたいです」
そう言ってモモが続く。
「ユリはどうするの?」
「私はブルーハワイ!」
モモの質問に私は勢いよく答える。子どものころから、かき氷も、トロピカルジュースも、気持ちのいい夏の青空のようなブルーハワイは、私にとって心がワクワクする特別なものだ。
「はいはい、いちごとメロンとブルーハワイ。ちょっとお待ちくださいね」
そう言って、マスターは手際良く三つのグラスにカラカラと氷を入れると、それぞれの色のシロップを丁寧に注いでいく。炭酸水が加わると、シュワシュワとおいしそうな音を立てて、鮮やかな色がグラスの中に浮かび上がる。
「わあ」
私たちは思わず声を上げた。マスターも嬉しそうな笑顔で、グラスをそっとかき混ぜる。細かな泡が音を立てて、甘い香りがそっと広がった。
「ねえ、みんな知ってる?」
トロピカルジュースが完成していく様子を眺めながら、ハルコが口を開く。
「かき氷のシロップって、みんな同じ味なんだって」
「えー!」
驚いて私は大きな声を出す。
「だって、こんなに種類があって、全部それぞれ味が違うよ。みんなも自分の好みがあるから、それぞれ違う味を選んだんでしょ」
「そうなんだけどね。成分的には、どのシロップも同じらしいの。でも、色と香りが違うから、いろんな味を感じるのね」
「そういえば、私もこの前の心理学の授業で聞いた」
ハルコの話からモモが説明を加える。
「人間の感覚は、複雑に関係し合っているから、味の判断には見た目や香りがすごく大切だって。目を閉じて鼻をつまんで飲み物を飲むと、何を飲んでいるのかの判断がすごく難しいって聞いたよ」
「へえ、面白い。でもたとえそうだとしても、私はやっぱりブルーハワイが好きだな」
目の前に並んだ、マスターがストローを挿してくれたカラフルなグラスから、ほのかな甘い香りが届くのを私たちは楽しんでいた。
(後編に続く)
作:加藤大樹
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前編あとがき
編集者兼カメラマンの強子です。「ブルーハワイ」前編を読んでくださり、ありがとうございます。今回の作品のテーマは大学祭です。あとがきでは、昨年から2年間金城祭実行委員で大学祭の企画・運営に携わった学生さんへのインタビューを通して、大学祭の運営についてお届けします。
10/19(土)に開催された金城祭の写真もあわせてお楽しみください!
強子(K):金城祭実行委員をやろうと思ったきっかけを教えてください。
学生(G):金城生ではないのですが私の姉が大学祭の実行委員をやっていて、とても楽しそうだったからです。
K:金城祭実行委員に、どんな役割があるか教えてください。
G:実行委員はイベント・広報・渉内・イベント・ステージ・パフォーマンス・本祭後夜祭の6つの部局に分かれています。
K:それぞれの部局は、具体的にどんなことを行っていますか。
G:イベント部局では、スペシャルライブの運営と子ども企画。広報部局では、金城祭のパンフレットの制作と広告協賛集め。渉内部局では、校内発表の管理、運営。ステージ部局では、特設ステージの背景やウェルカムボードの作成。パフォーマンス部局では、特技披露の企画、運営。私が担当した本祭後夜祭部局は、その名の通り本祭、後夜祭の企画、運営を行っています。
K:はじめて委員をやったみた年の感想を聞かせてください。
G:1年生で司会という大役を任され、当時はとにかく必死でした。先輩から手厚い指導を受けながら何度も練習を重ね、大変なこともたくさんありましたが、司会をやり切った時の達成感はとても大きかったです。みんなで何かを作り上げることってこんなに楽しいんだ!と気付かせてくれたのは実行委員でした。
今回のあとがきはここまで。
「ブルーハワイ」後編もどうぞお楽しみに!