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翻訳小説から学ぶ、子どもの人権

社会には、戦争、貧困、差別など、長い間解消されない問題が数多くあります。

犠牲となる子どもたちの人権も、平和で豊かな未来のために考えたいテーマです。日本では、身近な問題として捉えにくい社会問題に対して、自分の考えを持つためにはどうしたらよいのでしょうか。「Book Galleryトムの庭」の店主、月岡弘実さんが2冊の翻訳小説を紹介してくれました。
  


■『チャンス はてしない戦争をのがれて』

人気の絵本作家による自叙伝じじょでん

『よあけ』や『あめのひ』などの名作を描き、日本でもよく知られている絵本作家ユリ・シュルヴィッツ。ユダヤ人である彼は、4歳の頃に第二次世界大戦に遭いました。ナチスドイツ軍の攻撃を受けてポーランドを脱出し、家族とともに各地を転々とする日々。その生々しい記憶と、絵を描く楽しみを知った少年時代が豊富なイラストとともに綴られています。

自分で生きる術を選べない時代に

― 今回ご紹介する2冊は、どちらも子どもの視点で描かれた作品ですね。
 
月岡:ウクライナでは戦争が起き、日本では難民の受け入れを厳しく制限しています。貧困や飢餓は、今も深刻な問題です。助けを求めている人が多くいるにも関わらず、こうした問題はなかなか解決されません。この2冊は、子どもたちが社会や政治に翻弄ほんろうされながら生きていかなければならなかった時代を描いています。このふたつの物語を現代の社会問題について考えるきっかけにしてほしいと思いました。
 
― 月岡さんご自身は、どのような経緯で手に取ったのですか。

月岡:『よあけ』や『おとうさんのちず』など、ユリ・シュルヴィッツの絵本が好きでした。『よあけ』は、自然の美しさや静けさが読む人の心を想像へといざなう素晴らしい絵本です。『おとうさんのちず』は、今回の『チャンス はてしない戦争をのがれて』と同じシュルヴィッツの少年時代を描いた絵本です。
 

わたしたちのための教科書として

― 戦争を背景にした作品ですが、暗いばかりのストーリー展開ではありませんでした。
 
月岡:この本を読んで、改めてシュルヴィッツの絵本を開いてみると、これまでとは違って見えるかもしれません。絵を描く楽しみを生きる糧に生き抜こうとするシュルヴィッツには、希望も感じます。戦争を経験したシュルヴィッツだからこその表現を探して、改めて絵本を開くのも面白いと思います。
 
― より深く作家や作品を理解することができそうですね。
 
月岡:読書の醍醐味だいごみは、自分の生涯ではまず体験できないことが物語を通して読み取れることだと思うのです。実際に戦争を経験していなくても、政治や社会に翻弄された子どもたちが味わった苦難を知ることはできる。もっと大切にしたいのは、悲しい過去として物語を読み終えてしまうのではなく、今この時代に置き換えて考えてみることだと思います。
 

書籍データ『チャンス はてしない戦争をのがれて』

『チャンス はてしない戦争をのがれて』
著:ユリ・シュルヴィッツ 訳:原田 勝
発行:小学館

■『「幸せの列車」に乗せられた少年』

戦後のイタリアの実話に基づく物語

舞台は、第二次世界大戦後のイタリア。南部の困窮こんきゅう家庭の子どもを援助するため、一時受け入れ先として北部の裕福な家庭へと連れていく列車が走っていました。故郷の母への思いと新しい家族との生活の間で揺れ動く7歳の少年。大人になり、幼少期の記憶と葛藤しながらも、家族の在り方を見つめ直す主人公の姿が描かれています。
  

「子どもの幸せとは何か」を問う

― 時代背景は、第二次世界大戦後。『チャンス はてしない戦争をのがれて』に重なる部分もありますが、こちらの舞台はイタリアですね。

月岡:戦後のイタリアは、荒廃が続く南部で多くの家庭が貧困に苦しんでいました。貧しい子どもたちを救うための社会活動として「幸せの列車」が実際に運行されていたそうです。著者のヴィオラ・アルドーネは、実際にその列車に乗った経験のある老人と出合い、彼が語った話に衝撃を受けたとを語っています。様々な記録を読み漁り、丹念に史実を調べ上げてこの小説を完成させました。
 
― 世界各国の言語に翻訳され、国内外でも高く評価されているのですね。

月岡:北部の家庭で援助を受けた子どもたちは、見ず知らずの人に助けてもらった罪悪感から、自ら体験談を語ることはありませんでした。この本の主人公が読者たちの心を掴んだことで、この出来事が多くの人に伝わり、当事者たちも語り始めたのだそうです。歴史を伝えるきっかけとなった本書の功績は図り知れません。
 

歴史から学ぶことを忘れないために

― 同じ列車に乗った子どもたちが、三者三様の人生を選択していく姿には考えさせられるものがありました。
 
月岡:子どもを送り出す親の心情と、子どもたちの不安や悲しみが交錯するあたりは、フィクションとは言え切実に描かれています。大人になった主人公の葛藤や決断を描いたシーンは、とくに読み手を引き込んだのではないでしょうか。「かわいそう」と「かなしい」という感想で終わらせず、わたしはこう考えるという視点を持って物語の最後を味わって欲しいと思います。
 
― 読書には、深い学びがあるのですね。

月岡:本は、ときに人生を変えるほど衝撃的な出合いになることもあります。だからこそ1冊読むたびに、自分の視点で考えてみることです。社会の一員として、物語をどう捉え、自分はどう考えるのか―。その問いを積み重ねていくうちに、自分らしい価値観も生まれていきます。ぜひ若い世代のみなさんに、学びのある読書体験をして欲しいと思います。
 

書籍データ:『「幸せの列車」に乗せられた少年』

『「幸せの列車」に乗せられた少年』
著:ヴィオラ・アルドーネ 訳:関口英子
発行:河出書房新社

愛知県名古屋市にある「Book Galleryトムの庭」の情報はこちら

Book Gallery トムの庭
 
海外の翻訳絵本や児童文学を中心に、新刊本、古書、アートや雑貨などをそろえる。店主の月岡さんの書斎のような空間で、厳選された本からお気に入りを見つけるのが楽しい。場所は、地下鉄「一社」駅から徒歩5分ほど。北欧テイストのカフェも併設する。


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