寒い冬に心が温まる「長い夜にじっくり楽しみたい本」
日中はあたたかな陽気を感じる一方で夜は冷え込む、冬から春へと移り変わる時。残りわずかな冬を惜しむように、本を開いて心温まる夜を過ごしませんか。
「長い夜にじっくり楽しみたい本」をテーマに、愛知県春日井市にある「古本屋かえりみち」の店主、池田望未さんにセレクトしていただきました。
一日の頑張りを癒すような、ゆるやかで味わい深い2冊です。
■『あすは きっと』
幼い孫に語りかけるように綴られた絵本
ニューヨーク在住の劇作家である著者が、自分の未来に対して疑問を抱いている2歳の孫のために、語り掛けるように綴られた物語。
幼い子どものちょっとした不安を、大きな毛布で包み込むような著者のやさしい眼差しを感じられる、希望に満ちた絵本です。
― この本をセレクトされた理由を教えてください。
池田:自分自身とくに大きな不安を抱えていたり、ストレスがかかっていたりする時は、すぐに寝られないことがあります。目は冴えているけれど、重厚な小説や説明的な文章を読めるほど頭が働かない時に、この本をよく思い出します。
―「そとはくらいのかな?」と、小さな男の子が窓の外を覗く1ページからはじまりますね。
池田:「あすは もしかすると、 あたらしい ともだちに あうことになるよ」、「あすは、 なにから なにまで、ずっと きょうより よくなるよ」という言葉に思わず笑みがこぼれます。明日ということがわからない子供向けに書かれているからこそ ”明日がきっと来る” と知っている大人には、より真っ直ぐ ”明日の光” のようなものが刺さる。そこがこの本の魅力ではないでしょうか。
大人の不安も溶かしてくれる、絵本の魔法
― たしかに、読み終わった時に励まされるような前向きな気持ちになりますね。
池田:お話が語られている時間は ”夜” なのですが、この本にはほとんど暗いページがありません。物語を読んでいる ”きみ” に語りかけるような文章には、今日と明日の美しさが詰まっています。おかげで、どんなに不安でも疲れていても、つい前を向きたくなる力が湧いてきてしまいます。きっとこの本は年齢にかかわらず、さまざまな理由で夜を越えられないひとのために描かれたのでは、と思います。
― 無邪気に笑う子どもたちの挿絵も、平和で心和みますね。
池田:たしかに平和や希望を感じさせる本です。でも私自身この本を手に取る時は、なんだかすがるような気持ちになっている気がします。お客さんにも、元気になりたい方や何かに立ち向かおうとしている方へお薦めするという場合が多いですね。
― 池田さんにとって、この絵本はどのようなものですか?
池田:世界へ向けた賛歌のようでありながら、同時に楽しいことばかりではない日々のお守りのような作品でもあると思います。
書籍データ:『あすは きっと』
■『みぎわに立って』
熊本で『橙書店』を営む、田尻久子さんの柔らかな視点
熊本県にある古いビルの2階に、全国からファンが訪れるカフェ兼本屋『橙書店』があります。
そこは、店主の田尻久子さんを慕って、著名な作家や詩人、アーティストなど、さまざまな分野の表現者も集う場所。
2016年4月に起きた熊本地震で被災し、移転を決めた店主がそれまでの変わらない日常を大切にしようとした日々の出来事が、丁寧に書き留められています。
― 池田さんと同じ、書店を営む女性店主さんの本ですね。
池田:こちらは、今回のテーマに合わせて ”翌朝になってもまだ、体に残っている” と感じられる本をお届けできればと思って選びました。たとえば「海の青」という章にある「夜のとばりがおりて、空に半月が浮いている。月はいつになく橙色でくっきりとしている。あやしいくらいに色鮮やかだ。空は、暗いが蒼い。夜の海にも、月が浮いていることだろう。」という一節は、眠りに落ちる前のぼんやりとした時でさえも、しずかに心に沁みてきます。
変わらぬ日常があるという確かさが、心に響く
― 著名な作家さんとつながりが深く、そのやりとりも興味深いですが、地元に暮らすお客さんとの会話や、店の近くで見かける猫の話など、周囲で起こる小さな出来事の描写が印象的ですね。
池田: この本を読んでいると、店を訪れるお客さんや作家さんが本に手を伸ばし語り合っているその場所で、自分も佇んでいるかのように安心します。それは、書き手である田尻さんが薄紙を一枚一枚重ねるかのように、本屋での日常を誇張せず丁寧に綴っているからでしょう。そのおかげで、ひとりで読書をしているのに、ひとりではないと思えます。
― 橙書店に併設された喫茶スペースにまつわる話も、味わい深いものがありますね。
池田:この本を思い出すたび頭に浮かぶ「忘れられない一杯」は、震源地の近くで被災し、自宅の水道が使えなくなったというお客さんに、出前珈琲をするお話です。とてつもなく不安な状況を描いているはずなのに、読後には田尻さんとお客さんが一緒に飲んだ珈琲のやわらかな苦みや、指先に伝わってくるカップの温度の方が、ずっと鮮明に残っていて驚きます。”安心” ということを言葉で示すのではなく、感覚で味わわせてくれる文章です。
― 私たちの暮らしの中にも、人とのつながりや、小さな書店やカフェがあって、田尻さんの描く日常に、重なり合うものを多く感じますね。
池田:橙書店が、熊本の小さなビルの2階で今日もお店を開いているということ。それだけで、地に足がつくような確かな気持ちになります。本屋やカフェなど、等身大の店主の姿が見えるお店は、毎日商品を売ることだけが役割ではない。お店として存在し、開きつづけているというだけで、どこかにいるだれかにとって心の支えになっている。私はこの本を読むたびに、そう気づき直しています。
書籍データ:『みぎわに立って』
■愛知県春日井市「古本屋かえりみち」の情報はこちら
古本屋かえりみち
勝川商店街にある古い商家を改装したシェア店舗「TANEYA」の2階。「だれもが“ひとり”にかえる場所」をコンセプトに、児童書、文芸書、芸術書などの古本をそろえる。ギャラリーも併設し、アートのほか、衣食住に関わるイベントを開催。
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