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青い海

あと少しで待ちに待った夏休み。
でも、その前に前期の授業の試験を乗り切らないといけない。
昼休みのラウンジ。
同じ学科の友人と、サンドイッチを片手に、授業の内容がびっしりと書かれたノートを広げる。
単語や用語を覚えるのは高校時代から得意ではなかったけれど、こうして同じ目標に向かってがんばる仲間の存在は私の励みになる。
二人で問題を出し合いながら、知識を一つずつ増やしていく。

近くに気配を感じて、顔を上げる。そこには、ちょうど今私たちがテスト勉強をしていた科目を担当する先生が資料を抱えて立っていた。
悪いことは何もしていないのに、昔から急に先生に出会うと何故か緊張してしまう。

「がんばってるね」
緊張している私に、先生は優しく声をかけた。続いて、
「この前の質問は解決した?」
と尋ねる。
「・・・あ、はい。ありがとうございます」
私は、答えながら、いつ先生に質問をしたかなと思いを巡らせる。
そういえば、二回くらい前の授業で、わからないところがあって、授業後に教壇の先生をつかまえて質問をしたことがあった。
他にも質問をしたい学生がたくさんいて、こんな簡単な質問をするのが申し訳ない気持ちだったけれど、先生はとても丁寧に答えてくれたのだった。
自分でも忘れていたような質問だったし、百人以上の学生が受けている授業だ。
一人の学生の質問を覚えてくれていることに驚いた。
「先生、覚えててくださったんですか」
「一生懸命な学生のことはちゃんと覚えてるよ。試験がんばって」

廊下を去っていく後ろ姿を私と友人は見送った。数歩進んだところで、先生はこちらを振り返る。眼鏡の奥には少年のようないたずらっぽい笑みを浮かべている。
「青い海、楽しめるといいね」
そう言って先生は廊下の奥へ軽やかな足取りで去って行った。

私は目の前の友人と顔を見合わせて目を丸くした。机の上に散らかった教科書やノートに目をやると、その下から、旅行のパンフレットが顔を覗かせていた。表紙には、夏の青い海が輝いている。
私は友人と一緒にくすっと笑い、残りのサンドイッチを頬張る。今度の試験が終わったら、本物の海が私たちを待っている。

作:加藤大樹