常にコスパやタイパを意識する日常から、解き放たれるひとときを
仕事や勉強、家事などを効率よく進めるのはもちろん、小説や映画の内容もできれば短時間で把握したい。あわただしい生活のなかで、コスパやタイパを重視する風潮は年々高まっているように感じます。
信号待ちなどのわずかな時間でもスマホをチェックしてみたり、せわしない日々を送る私たち。ただぼんやりと時間を過ごすのは、本当に無駄なことなのでしょうか。
そんなことを、ふと考えさせられる作品を紹介します。
■『石がある』
世界の映画祭で注目されたシンプルな物語
仕事で郊外の町を訪れた一人の女性。仕事を終えて、ふらりと立ち寄った川辺で水切りをする男性と出会い、互いに名前も知らない二人はやがて上流へ向かって歩き出すー。
出会った二人が束の間の時間を過ごす素朴な筋書きの映画『石がある』は、意味や目的から軽やかに抜け出すような“現代のヴァカンス映画”。韓国の第24回全州国際映画祭インターナショナル・コンペティション部門でグランプリを受賞するなど、世界の映画祭で注目を浴びた作品です。
作品を上映するナゴヤキネマ・ノイの支配人、永吉さんに、映画の見どころを伺いました。
― とても淡々とした、シンプルな物語のようですね。
永吉:本当にその通りで、この映画の中では特に何も起きないんですよね。ただ、私たちの日常ってそんなに事件が起きるわけではないですよね。仕事や学校に行って、家に帰る。そのどこか一日を切り取ったものとも考えられると思います。
近年、若い世代の方が作る日本映画には、散歩したりカフェに入ったりするシーンが結構あります。それが彼らの考えられる日常なのかなと。今評価されている濱口竜介監督や三宅唱監督なども、大事件がないわけではないが、ほぼ無風に近い時間が過ぎていくという映画を撮っているように感じます。
言葉を介さず、国を超えて通じる表現
― 世界の10以上の映画祭に招待されるなど、海外で評価されていますね。
永吉:そうですね、先に海外での評価が高まりました。韓国の映画祭ではグランプリまで取っていて、これはなかなかないことです。公式サイトにも載っていますが、かなりいろいろな方からコメントも寄せられています。
― 言葉や文化に関係なく、国を超えて伝わるものがあるのでしょうか。
永吉:きっとあるんでしょうね。セリフは非常に少ないですし、登場人物は教訓めいたことは何一つ言いません。この表現で、私たちが登場人物の気持ちを感じ取れるのであれば、日本人以外にも伝わるんだろうと思います。
― この作品を観ると、どんな気分になり、何を得られるでしょうか。
永吉:映画を観るときに、”何かを手に入れなくてはいけない”というのも強迫観念の一つだと思います。”監督の言いたいことがわからなかった”なんて感想が上がるのも、コスパの高い映画の方がいいという考えがあるからだと思います。でも、映画って特に何も得られなくてもいい。ある一定の時間を一緒に過ごすのが、映画を観るという行為ではないでしょうか。
普段は意識していない音や感覚に気づく
― 主に川辺で展開する物語。川のせせらぎなど、音も注目のポイントでしょうか。
永吉:川の音など、自然の音がすごく聞こえますね。自然音って実はすごくいろいろな音がしていますが、音は選択性が強いので聞き逃しているものも多いんです。この作品では、実際に聞こえている音に加えて、聞こえにくい音も乗せるような作り方かと思うので、普段気にしていない音や感覚に気づくことができるかもしれません。
― この作品をどのように楽しんでもらいたいですか。
永吉:映画を観ることで、劇的に人間が変わるわけではないので、後から考えて”あの90分はいい時間だったな”と思えるような作品だといいなと思います。忙しさに追われる、わずかな時間でも何かをしなくてはという思い込みから、解放された時間を過ごしてほしいですね。
『石がある』の予告編はこちら
ナゴヤキネマ・ノイ劇場情報
ナゴヤキネマ・ノイ
2024年3月名古屋・今池に誕生したミニシアター。元名古屋シネマテークのスタッフが代表となり、映画館の存続を望むファンや映画関係者、今池の人たちの期待に応えて立ち上げた。「何か」を持ち帰ることのできる、ミニシアターならではの映画体験を提供する。